赤き月は巡りて
【第三章 まほろば】カヨさんの手紙

 結局、玲奈には連絡をしなかった。向こうからも音沙汰がないのだから構わないだろう。もっとも、玲奈は意地でも自分からは電話もメッセージもしないと決めているのかもしれないが。これで終わっても構わない。なんだかどうでもよかった。  「まほろば」でのボランティア最終日だ。  いつものカヨさんに戻っているだろうか。牧田さんからは、俺がカヨさんの体調不良の原因を作ったかのように思われていて、顔を合わせづらい。が、あながち間違いでもない気もして、なおさら顔を出しにくい。とはいっても、学校の単位がかかっているから行かないわけにもいかない。カヨさんの様子も気になる。 「おはようございます」  すばやくホールを見渡すが、カヨさんらしき姿はない。やっぱり体調が悪くて部屋で休んでいるのだろうか。 「あ、来た来た。藤倉君」  牧田さんが俺を見つけて寄ってくる。 「カヨさん、入院しちゃったのよ」 「えっ、入院ですか? そんなに悪いんですか?」 「そうなの。あ、でも、昨日テラス出たのは関係ないから大丈夫よ。夜ね、一人でテラスに出てたのよ。それでそのまま外で居眠りしちゃって。職員が気づいた時には風邪ひいてたみたいで」  月だ。きっと昨日のあの赤い月を見たかったんだ。どうしてかはわからないけれど、昨日も赤い月の話をしようとしていたみたいだし。 「でも、風邪で入院なんてするんですか?」 「今朝になったら苦しそうでね。高齢だし、肺炎になるといけないから数日入院して様子みましょうって」  ボランティア最後の日なのに会えないのか。 そう思っていると、牧田さんが「あ、そうだった」と事務室に入って行き、すぐに戻ってきた。 「これ、預かっているの」  縦長の封筒に綺麗な文字で「藤倉涼さま」とある。 「カヨさんがね、涼君が最終日なのに会えないから渡してって」 「……お見舞い行こうかな」 「それがね、病院は教えないでって言うの」 「なんでですか?」 「さあ、わからないけど、約束破るわけにはいかないから」  入院から一週間後、カヨさんは風邪をこじらせた肺炎が原因で帰らぬ人となった。  俺はお見舞いに行けなかったため、カヨさんに会ったのは、なぞかけのようなあの言葉が最後になった。   ***   拝啓  涼君が来てくれる最終日に会えなくて残念です。涼君が「まほろば」に来る前は味気ない毎日でした。  「まほろば」に入所する前からあなたに会いたいと思っていたので、ボランティアで来てくれた時は天にも昇る気持ちでした。(天にも昇るなんて、おばあちゃんが言うと縁起が悪いかしら)こんなこと言われて気持ち悪いかもしれませんね。まるであなたに会えることを知っていたみたいで。  でも、知っていたんです。いいえ、会えるかどうかはわかりませんでしたが、あなたという人がどこかにいることは感じていました。ますます不気味ですね。  では、信じてもらえないかもしれないけれど、簡単に説明しましょうね。  涼君は生まれ変わりを信じますか。私は信じます。なぜなら私は一度生まれ変わっているからです。  私が古い時代の話をするのを不思議そうに聞いていましたね。年寄りの空想だと思っていたことでしょう。けれども、あれは確かに私自身が体験したことなのです。  そして、私の大切な人もまたこの不思議な環の中にあるのです。この前再会した時は、私が気づくのが遅くて結ばれませんでした。今回再会した時は彼が気づいていませんでした。  もしかしたら、こうして記憶は薄れていくのかもしれません。あと何回生まれ変われるのかわかりませんが、もし再び生まれ変わっても、もうあの人のことがわからないかもしれません。  それに、私達は出会うたびに結ばれにくくなっているような気がします。初めての時に諦めなければよかった。二度目の時に次に望みを持たなければよかった。いくら生まれ変わっても、事態は良い方向には向かわないのです。その時を全うするしかないのです。  もしあなたが、なにもわからずにこの手紙を読んでいるのだとしたら、年寄りの戯言だと思わずに真摯に受け止めてもらえたらありがたいです。  もしあなたがなにかに気づいたり思い出したりしたのだったら、この言葉を伝えます。  またいつかどこかで。               かしこ 藤倉涼さま               脇カヨ

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