赤き月は巡りて
【第三章 まほろば】カヨさん

「それでね、後になってわかったことなんだけどね、戦艦大和に乗っていたらしいのよ」  今日もカヨさんは絶好調ならぬ舌好調だ。 「涼君だって知っているでしょ? 有名だもの、戦艦大和」 「宇宙戦艦?」  なんで第二次世界大戦の話にアニメの船が出てくるんだ? 「そうそう、やっぱり知っているのね、戦艦大和。私たちは戦後五年くらいして初めて知ったのよ。戦争中は極秘事項だったのね。だから義男さんの手紙も所属が検閲で消されていたんだわ」  カヨさんはもう八十歳を越えているはずだが、話し方は滑らかでしっかりしている。  ここ「老人介護施設まほろば」にボランティアに来て三日になるが、俺は毎日ホールの片隅でカヨさんの話相手をしているだけだ。  初日に牧田さんという職員の女性に割り当てられた仕事がこれだった。どうやらお年寄りの話し相手をするというのも必要なことらしい。  そうは言ってもこんなことで役にたっているのか疑問だが、進んでやっているボランティアじゃないから、仕事が楽な分には文句はない。  俺はここでボランティア活動をやらされている。やらされているボランティアというのもおかしな話だが、高校のカリキュラムの一環だからやっぱりどうしても「やらされている」感が強い。  下郷しもさと高校は勤勉・強調・奉仕を教育理念の三本柱としていて、校章もその三本柱を現すラインが頭文字のSを模ったデザインになっている。  それにしても、勤勉・協調はともかく、奉仕ときたもんだ。各校で独自の特色に凝っている昨今でも、我が下郷高校ほどボランティアに力を入れている高校はそう多くはない。しかも三十年前の創立当初から続いているというから、当時としてはかなり個性的な特色だっただろう。 そのせいか、キリスト教系か仏教系の私立高校とよく間違われるが、れっきとした県立高校だ。  毎年夏休みには、全校生徒がどこかしらの福祉関連施設に行くことになっている。大抵は四、五人が同時に送られることになる。期間は五日間。  本人の希望が優先だが、複数重なった場合はくじで行き先と日にちが決まる。  お盆の時期はどうやら希望者が少ないらしく、この時期「まほろば」に来ているのは俺一人だ。気楽といえば気楽だが、まだ一年生で始めての経験なんだから、学校側ももう少し考えて配属してくれてもよさそうなものだけど。 「ちゃんと聞いているの? 義之さん」 「ああ、聞いているよ。俺は涼だけどね」  カヨさんは時々俺の名前を呼び間違える。職員の人達が言うには「カヨさんは足腰が弱って車椅子だけど、頭はしっかりしているから」とのことだが、怪しいもんだ。  で、誰だよ、義之って。  そのうち「月読の祭では」とか「年貢が」とか「藩のお侍さんが」とか話し出す。何時代だよ、それ。いくらカヨさんでも、まだ生まれてないだろ。本当に大丈夫なのか? 「あの頃は空も綺麗だったのにねぇ、市太」 「俺、平成の空しか知らないし。それに涼だし」  俺の素っ気ない返事にもカヨさんは嬉しそうにうんうん頷いている。  でもって、市太ってのは、何者?  名前は間違えられるし、おしゃべりは止まらないから、つい素っ気ない返事ばかりしてしまうけれど、俺はこの時間を結構気に入っている。  俺の態度にいちいち過剰に反応しないカヨさんのおおらかさに甘えているのかもしれない。うちは父方も母方も祖父母が亡くなっているからよくわからないが、おばあちゃんというのはそういう生き物なのかもしれない。  ボランティア終了時刻の十六時になったので、まだ話し足りなさそうなカヨさんに手を振り「まほろば」の玄関を出ると、牧田さんが昼シフトを終え、自転車の鍵を外しているところだった。 「お疲れっス」 「ああ、藤倉君。お疲れ様」  牧田さんが挨拶の後も自転車にまたがる気配がないので、自然と並んで歩くはめになる。牧田さんは母親と同世代だ。母親とはこんな風に並んで歩くなんて落ち着かなくて困るし、人に見られたらと思うとみっともなくて考えられない。なのに、他人だとどうしてなんとも思わないのだろう。 「藤倉君が『まほろば』に来てくれて助かるわ」 「俺、なんもしてないっスよ」  謙遜じゃない。さすがの俺でも少しばかり申し訳なく思うくらいなにもしていない。  牧田さんは眉を下げて首を横に振り 「……実はね、カヨさんって口をきいてくれなかったのよ」 「まさか」  俺は心底驚いた。あのおしゃべりばあちゃんが? 放っておいたら顎が外れるまでしゃべり続けそうだが。 「本当よ、本当。それが藤倉君の顔を見たとたん、あれだもの。正直、職員もヘルパーもみんな驚いているのよ」  そういや、初日、牧田さんから「まほろば」の説明を受けている時、カヨさんはあの細い腕で車椅子を自力で動かして俺の傍まで来たっけ。そして俺を見上げて「市太」と呼んだんだ。しょっぱなから呼び間違われていたってことだ。 「よほど藤倉君のことがお気に入りなのね。もしかしたら、初恋の人に似ているとか、そんなところかもしれないわね」  牧田さんはそう言って楽しそうに笑う。女ってやつは、いくつになっても恋の話にウキウキするものらしい。 「藤倉君は昔の美人に言い寄られても、嬉しくもないかもしれないけどねぇ。そもそも、彼女とかいるんでしょ?」 「ええ、まあ」 「いいわねぇ。青春よねぇ」  そろそろうっとうしく感じ始めた頃、牧田さんは「じゃ、私こっちだから」と自転車に乗ってあっさり去って行った。  牧田さんは悪い人ではないが、どうも面倒くさい。おばちゃんというのはそういうものなのかもしれないけれど。やっぱりカヨさんの長いおしゃべりを聞いている方がはるかに楽しい。  楽しい? 俺はカヨさんの方がましだという消極的な好感ではなく、もっとカヨさんと話したいという積極的な好感を持っていることに気がついた。それは好感を持った同級生の女の子に持つ感情と似ている。  なんかそれってヤバくね? 熟女好きとかいうレベルじゃないんだけど。ありえねぇ。考えすぎだな。 「なに考えているのかなぁ?」  突然腕に飛びついてきたのは玲奈だった。 「うわっ、なんだよ、お前。なんで急に現れるんだよ」  カヨさんのことを考えていたこのタイミングに突然聞かれ、やましいことはなにもないのにアタフタしてしまう。 「急じゃないよ。施設の前で待っていたんだよ。メッセ送ったでしょ?」  端末を取り出してみると、確かに十五時頃に受信していた。 「あー、わりぃ。ボランティア中で気づかなかった」 「もぉ。出てきたと思ったら、あのおばさんと歩いて行っちゃうから、どうしようかと思っちゃった」 「ずっとついてきたの?」  カヨさんに気に入られているという話を聞かれたのだろうか。そう思ってから、八十過ぎのおばあちゃんに気に入られていることなんて、なんの問題もないのないのだと思い直す。女子高生に気に入られたというわけじゃないんだから、玲奈だってなんとも思わないに決まっている。 「それよりさ」  玲奈の方から話を変えたからほっとする。  ほらな。やっぱり気にしていない。 「明日、花火大会だよ。行けるでしょ?」 「そうか、明日だっけ」  正式な名称には花火大会という単語はなく、なんとかファンタジアとかだったはずだ。人工島の遊園地で打ち上げる花火イベントで、花火に音楽と照明を組み合わせるため、一般的な花火大会とは一味違う。七、八月の週末は毎週やっている。十五分程度の短時間だが、休みなく打ち上がる花火はなかなか見ごたえがある。それに、鎌倉や江ノ島の花火大会と比べてすいているのがいい。  明日も今日と同じ時間に「まほろば」の前に来てもらうことにする。玲奈は浴衣を着て行くから俺にも甚平でも着ろと言う。はしゃぐ玲奈を見ているうちに俺も楽しみになってきた。

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