赤き月は巡りて
【第四章 月見】赤き月を見上げて

 人類の大半は既に移住してしまった。  残っている人類は地球に愛着を持つ人々か、やむにやまれぬ事情から「生命体移住船ノア」に乗船できなかった者達だ。人類がどこへ移住したかはわからない。月かもしれないし、火星かもしれない。誰も教えてくれないからわからない。  地球はもはや壊滅的だった。人類にとっては、ということだが。  生物は生きている。これからも生き続けるはずだ。ただ、以前の生態系とは違うだけだ。  世界は、灼熱の日々と雷が鳴り響く豪雨の日々を繰り返している。ユーラシア大陸はほぼ完全に砂漠化し、世界有数の森林大国といわれた日本列島は熱帯ジャングルと化している。赤道付近に生息していたはずの動植物が北半球で生命を謳歌している。  それに伴い、従来の個体数のバランスが大幅に崩れてきた。いまさら始まったことでもない。空を覆うほどだったリョコウバトが地球カレンダーでは瞬きほどの時間もなく絶滅してしまったのだから、ずっとずっと前から起こっていたことなのだ。  この辺りも既に哺乳類に分類される生物はいない。  ユキとイチタだけだ。  それでもふたりは満足だった。出会えたことに感謝した。今度こそ結ばれたことに感謝した。  ふたりはこれが最後だと思っている。なぜかはわからないが、きっともうこれで最後だという確信がある。でも、それで構わない。本来なら与えられなかったであろうものなのだから。  実はふたりが前世を思い出したのはつい最近だ。前世など関係なく、お互いを必要としていた。そしてふたりは共にいた。過去に何度も出会いとすれ違いを繰り返してきたことを思い出したのは、それよりずっと後のことだった。  こんなに簡単なことだったのだ。心のままに行動すればいいだけだったのに。様々な事柄に囚われて自ら道を閉ざしていただけだったのだ。  ふたりを取り巻く環境はこんなにも変化してしまったけれど、ふたりはなにも変わらずここにある。ふたりは日々それをかみしめる。  夕闇が迫ってくる。  人類の生産活動が失われると、世界はこんなにも闇に近づく。  ふたりは今日も丘を上る。月を眺めるために。  ふたりは今日も月を眺める。互いがどんなに強く結ばれているかを確かめるために。  この丘の上だけはまだ熱帯植物の侵攻を免れている。  ふたりは芝生によく似た柔らかな草の上に並んで腰を下ろす。  月が出ている。今夜の月は久しぶりに見るあの月だ。  ふたりは嬉しくなって頬を寄せる。  闇が深まっていく。  赤く大きな月が、寄り添った二匹のネズミの小さな影を浮かび上がらせている。     (了)

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