エイプリルフールズ・コミュニケーション
第64話「コーンフレーク・フリーク・アウト」

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 月夢つきゆめ 音葉おとのはの朝は、いつも一人だ。  両親は共働きで、音葉がまだ夢の中に居るうちにコーヒーを一杯か、おそらくは二杯くらい飲んで家を出てしまう。  だから音葉はコーンフレークにミルクをかけて、シリアルのようにお手軽なテレビで時刻を確認しながら身支度を整える。  「いただきます」も「行ってきます」も口にすることなく、靴を履いて玄関の扉を押し開けるのだ。  それを寂しいと思ったことはあるが、同時に我儘だというのも理解していた。世の中、家族の数だけ異なる朝がある。そういうことは、考えても仕方が無い。 「おはよう」 「やぁ」  少し歩くと互いに挨拶を交わす相手と一緒になる。  長瀬川ながせがわ 柚季ゆずきは、音葉の隣に住む幼馴染みである。小、中、高の腐れ縁だ。  お隣さんなのだから、どちらかが相手の家へ迎えに行けばよいものだが、何故かお互い少し歩いた場所で待ち合わせている。気がついたら、それが習慣になってしまっていた。 「はい、これ」  柚季からお弁当の入った手提げバッグを受け取る。彼の両親が忙しいのを知っているから、彼女はお弁当を作る。これは音葉の両親と柚季が話し合って決めたことだ。  もちろん、食材費と調理、技術料金は頂いている。 「学園祭、私のクラスは占いの館するの」 「それ何度も聞いたよ」 「えへへ」  屈託無い笑顔が浮かぶ。柚季は中学とは違う(と思われる)高校の学園祭というのが、楽しみで仕方がないのだった。 「あの美人の先輩と遊びにきてよ」 「行きたいけど、でもなぁ」  音葉はしおりさんが学園祭に乗り気でないことを知っている。彼女は人混みが嫌いだ。無理に誘ったら、嫌われるかもしれない。 「先輩との仲、占ってあげるよ」  柚季が得意気な口調で言う。音葉は急に恥ずかしくなって、早歩きになった。 「いいよ、別に。僕は占いなんか信じてないし」 「心配しなくても、ちゃんと相性診断良いの出してあげるから」 「インチキじゃないか」 「相手に夢を見せてあげるのも占いなんだよ」  ――そういうものだろうか。  ――そういうものだよ。  「じゃね」と小さく手を振りながら、幼馴染みは校舎へ向かって走っていった。  空が高くなると、上に昇った水蒸気がその高さ分地上から遠ざかるから空気も乾く。でも日差しは高さ関係なく刺すような感触が残っていて、まだ騒がしい。  九月末の放課後。  祭りの前に騒ぐ生徒たちの声を、何処どこか覚めた対岸から眺めるような視線で見ている静さんは、まったく自分という者がつくづく集団の中では機能しない歯車なのだと、自覚と自嘲とを持って実感していた。  孤独とか、そんな大袈裟なものではないけれど、他の歯車と連動しない歯車には意味が無い。  虚しく回り続けるだけの、何か。動いているかさえ、疑わしい。 「静さんは、いつも遠くを眺めていますね」  月夢と一緒に屋上にいたのを忘れていた。 「澄み切った夕焼けに、影のように立ち並ぶ電柱の間を這う電線の距離感を計っていたの」  月夢は静さんが何を言いたいのか分からず、返答に困った。彼女の視点は一般的では無い。 「其処そこには私の知らない街があるわけでしょう? 幸せな人が大勢暮らしていて、暖かな笑いがあって。もちろん、それ以上の不幸もきっと存在していて。全部私の妄想なんだけど、それが何処か心地良いっていうか。そういうの、月夢には無い?」  無かった。情けなくなるほど完璧に、そんなこと考えてもみなかった。 「すいません。僕にはちょっと良く分からなくて……」 「いいのよ。私のほうが、多くの人と比べて変わっているの。きっとね」  静さんは自分に言い聞かせるように、ゆっくりと息を吐きながら月夢の指の温もりを探った。 「学園祭、私と一緒に回ってくれる?」 「ぼ、僕で宜しければ、何処へだって御供しますです!」 「じゃあ、決まり」  孤独な歯車が、少しだけ何かと繋がってゆく。

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