エイプリルフールズ・コミュニケーション
第13話「精神的殺人鬼の空」

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 清掃ボランティアは生徒会と保健、美化委員、を中心に、各クラスの委員長と自由参加の生徒たちによって行なわれる比良坂ひらさか学園年間行事の一つである。  学園の周囲と、駅から学園までの通学路を生徒達がゴミ袋を持って、投げ捨てられたビン、カンやペットボトルなどを拾い集めるという、地域と密着したイベントだ。 「兎月とげつくん、結局来てくれたんだねー」  集合場所の校庭で和華わかが兎月を見つけて話しかけてきた。  嬉しそうにしているが、その笑顔はどこか無理をして作っているようにも見える。  笑顔の二割ほどは、何か別の影のようなものが混じっているというか。不自然なのだ。 「まぁ、暇でやることも無かったし……単なる気まぐれだから、気にしなくていいよ」  兎月の参加に和華は安堵あんどする。  兎月は本当に自分のことを好きなのだろうか?   好きな人の誘いを断るものだろうか?   清掃ボランティアに誘ってから、ずっと不安を覚えていたのだ。  兎月が自分に気があるという夜須女やすめ しおりの言うことを、和華は未だに信用していない。  自分が異性を惹きつける魅力に乏しい人間であることを、充分に理解しているのである。  その思いは、今もって確信を得らぬまま不安定に揺れ動く。  だから兎月が来てくれたことが嬉しい。自分の中の不安が払拭ふっしょくされていくようで。 「飲み物は忘れず持ってきた?」 「ミネラルウォーターを……」  参加着は皆、学校指定の体育着を着用というのは、清掃を行っているのが『比良坂学園の生徒』であるということを周辺地域の住民にアピールするという学校側の狙いがある。  帽子と飲料水持参は熱中症対策だ。 「君がこんなところにいるなんて珍しいね」  クセッ毛に意志の強そうな太い眉。近くに村雨むらさめ 燈麻とうまの長身があった。 「燈麻こそ、こういう行事に参加する奴とは思わなかった」 「俺は保健委員だぜ? 強制参加組だよ」 「兎月くんは相変わらずクラス事に関心が薄いなー」  薄いというより、皆目かいもく無いのだ。  間の抜けた話だが兎月自身、何のために学校へ行っているのか分からなくなるときがある。  突然、生徒たちが作り出す雰囲気が一変した。  集合時間特有の方向性を持たない雑談に、一定量の共通性と向きが与えられる。  それは騒々しいものでは無かったが、場の空気が変わっていくことを知るのには充分なざわめきであった。  変化の原因は夜須女 静が集合場所に現れたためだ。  形の良い凛とした眉。深い漆黒の物憂げな瞳。通った美しい鼻筋。細いべにが描く唇の線形。  それら一つ一つの部位が、互いの美点を引き立てるように彼女の小さな輪郭の中に邪魔無く収まっている。  三つ編みに纏められた艶やかな長い黒髪も、普段の彼女とはまた異なった魅力を引き出していた。  腰から下のラインは無粋なジャージで隠れてしまっているが、上半身は半袖の体操服から伸びた細く華奢な両の腕が、初夏の日差しの下で魅惑的な白をあらわにしている。  否応無しに男子は眼福の、女子は羨望の視線を送りつけてしまう。  これは一つの、ある意味暴力であるかもしれなかった。  これで本人の愛想が良ければ、男子生徒のやる気はもっと上がったかもしれない。  相変わらず愛想の無い不機嫌そうな表情で、兎月のそばまでやってくる。 「静さんも来たんだ」 「暑い……」 「ご苦労様」 「兎月が行くなんて言わなければ、来たくなかったのだけど……」 「ごめんね」 「まぁ……いいけどさ……」  兎月が笑顔で謝罪すると、無愛想な顔の頬にはにかんだ・・・・・ようなべにが灯る。  それで機嫌が上を向いてしまう静さんは、案外単純なのかもしれない。  イベントは「カン・ビン」担当と「ペットボトル」を担当する者が、それぞれペアを組んで指定された場所のゴミを拾う。 「当然、私は兎月とペアを組むから」 「夜須女さん、ペアは自分勝手には決められないからね」 「あなたに言われると、ほんっとヤル気失くすわ」 「真面目に参加する気がないなら帰っても良いですよ?」  静さんが和華を睨みつける。和華も負けじと涼しい顔で棘のある笑顔を浮かべている。  何とかしろ。と、兎月が燈麻に視線を送った。 「まぁ、アレだな。男同士組んでも面白くないし、組みたい者同士でいいんじゃないか?」  結局、兎月と静さん。燈麻と和華のペアという無難な結果に落ち着く。  兎月としては不本意である。今日、彼は和華が目的で此処へ来たのだ。ボランティアなんて、真面目に参加する気なんてさらさら無い。  第一目的は自分の中に住まう舞泉 和華という少女の精神的抹殺。  しかし、まだ機会はあるかもしれない。  どうしようもなく、眼鏡女子が兎月の好みのタイプだった。  それを知っているから現子うつつこも眼鏡をコンタクトにしたりしない。  それは外見に限ったものなのだが、舞泉 和華のそれは、兎月にとって殆ど完璧といってよいものだった。  集団に埋もれる地味な外見。  何も主張することの無い体のカタチ。  雲の影の中にいるような希薄な存在感と孤独な佇まい。  吐息のように控えめな精神性。  薄い胸と眼鏡。そのレンズの奥の、迷い子のような不安そうな瞳。  何も押し付けてこない。飛べない創造物。  この世界に、これほど自分の理想を満たした人間がいることが不思議だった。  理不尽であるとさえ思った。  これらのイメージは、兎月が和華という現実に対して勝手に上塗りした記号ではあるが、それで完結されていた。  力の無い男のように、色気の無い女のように、性別という絶対性から見放された外見を持つ兎月の無力は、自分の憧憬どうけいが入り込む余地を持つ和華の余白と隙間を愛した。  その存在の完璧は、彼の幻にも近いあやふや・・・・な存在感には許せないものだ。  だからこそ兎月は今日という日に、現実の彼女を知って、その差異を持って、自身の中の理想で創られた和華の細い首を絞めようと思っていたのに……。 「上手く逃げるもんだな」  現実の和華に理想の和華が殺されるくらいなら、自分に殺されたほうが偽物の和華も喜ぶ。  嘘つき同士の、それは勝手な愛情表現であった。

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