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 卵焼きと、タコさんウィンナーと、プチトマト。  最後にオクラの豚肉巻きを入れれば、兎月とげつに食べてもらうお弁当が出来上がる。  オクラには夏バテ防止の効果がある。  オクラと一緒にスライスチーズを巻いて焼くのが現子うつつこ流だ。  どうせ夜須女やすめ しおりのところではパンばかりなのだろう。兎月の体が心配な現子だった。 「また静ちゃんのところへ行くのー?」  霧花きりかさんがゲームのコントローラーを片手に、居間から柔和な顔を覗かせた。  肩から胸へと垂らした細い髪が流れる。 「夜須女のところじゃなくて、兎月に会いに行くの!」 「同じことでしょー」  現子の言動を見守るように微笑む。  やんわりとした声や表情には、霧花さんの人柄がそのまま表れている。 「完成!」  現子は白いバンダナでお弁当を包んだ。 「また行き違いになるといけないから、連絡してから行ったほうがいいわよー」  ゲームの続きをしようと部屋へ戻ろうとした霧花さんを、玄関のベルが呼び止める。 「今いいところなのに。新聞なら要りませんー。宗教なら興味ありませんよー」  まだ相手を確認する前に断りながら玄関へと向かう母を微笑ましく思いながら、現子は携帯を取り出した。  兎月の携帯に掛けてみたが繋がらない。どうやら電源を切っているようだ。 「まだバイトかな……」  久しぶりに兎月の声が聞きたかったのに残念だ。  仕方がないのでメールを打つことにする。 『バイトお疲れ様。バイト先と電話していい時間帯を教えるように。絶対に返信すること』  メールを送信したものの、兎月へのメールは梨のつぶてになることが多い。  現子はお弁当を横目に小さなタメ息をつく。 「現子ちゃんにお客さんよー」  霧花さんの隣にはUV帽子を被った長い三つ編みの少女が立っていた。  帽子で顔の上半分が隠れているので誰だか分からない。が、艶のある髪の黒、頬から顎へかけての形の良い輪郭、スレンダーなモデル体型などに現子は見覚えがある。 「もしかして、夜須女 静?」  帽子を脱ぐと、人工物のように整った顔に不機嫌そうな表情を張り付かせた静さんがそこにいた。 「何でそんな格好しているの? ストーカーかと思ったわ」  本当は幽霊のように見えたのだが、バカにされそうなので口にするのを控える。 「現子ちゃん、ちょうど静ちゃんの処へ遊びに行こうとしていたのよー。手間が省けて良かったわねー」  霧花さんが静さんに椅子を勧めながら余計なことを言った。  静さんが現子のほうを見て露骨に嫌な顔をする。 「母さん、変なこと言わないでよ! 夜須女に用があるわけじゃないわ!」  現子が強く言明げんめいするが、二人は聞いていないようだった。 「静ちゃんって綺麗だから三つ編みも似合うわねー」 「どうも……」 「前髪ぱっつんの長い三つ編みって良いわー」 「どうも……」  霧花さんは人形を愛でる感覚で静さんの髪に夢中だ。  静さんは機械的に反応を返している。  霧花さんの気が済むまで、現子は無駄に元気な蝉の声に耳を傾けていた。 「……夏ね」  抜け殻のように、ただ口にしてみた。 「兎月ちゃんは元気ー?」  霧花さんが、さくらんぼのサワードリンクが入ったグラスを三人分運んでくる。  軸を取った丸い赤が、冷えたグラスの中で涼しげに咲いている。 「つつがなく浮気してます……」  静さんが独り言のように口にした言葉は、現子と霧花さんの視線を交換させた。  聞き間違いかと思ったのだ。 「バイト先で可愛い女の子とイチャイチャしてます」  静さんが言い直したせいで、二人はおおよその意味を掴んだ。 「夜須女ダッセェ! 浮気されてやんの。あはは」  霧花さんのゲンコツが愉快そうに笑う現子の脳天に落ちた。 「痛い……」  ほんの冗談のつもりで言ったのに、霧花さんには通じなかったようだ。  頭を押さえる現子を見て、静さんが誰の目にも映らない角度でピースサインを作ってみせる。 「何かの間違いじゃない? 兎月ちゃんに浮気する甲斐性はないと思うんだけどー」  ほんわかな口調で、だが信じられないというふうに霧花さんが話す。 「兎月ってモテるわけでもないけど、決してモテないわけでもないのよ。多分ね……」  抑揚の無い口調で言ってから、静さんがテーブルに突っ伏す。 「バイトなんかさせるんじゃなかったわ……」 「兎月のバイト先って何処どこなの?」  まだ痛みが残る頭を押さえながら現子が尋ねた。 「ウチの近くにある駅前の中古レコード屋……」  渡されたビニール袋には『マイクロディズニー』と英文字でロゴが書かれている。 「私と同じクラスの女子よ。名前は知らないけど……」  名前が出てこないのが夜須女らしいと現子は思った。 「妹さんも見に行ってみたら?」  グラスの中のさくらんぼを黒い瞳に映しながら、静さんはどうして此処ここに来てしまったのか自問していた。  多分、愚痴を聞いてもらいたかったのだ。  らしくない。と、思いながらも認めざるを得ない。  此処は居心地が良すぎる。 「帰る……」  いきなり席を立って玄関へと歩き出す。 「夜須女、コレ。忘れ物」  現子が先程渡されたマイクロディズニーの袋を持ってくる。 「妹さんにあげるわ。こないだのパンのお礼……」 「いいの?」  静さんが黙って頷く。 「またいつでも来てねー」  霧花さんが小さく手を振る。  静さんが頭をちょこんと下げた。  静さんが帰ってから、現子はいびつに膨らんだ袋の中身を確認してみた。  中には折れ曲がったレコードが一枚入っている。 「どういうこと?」  ただの嫌がらせだった。

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