エイプリルフールズ・コミュニケーション
第63話「所在無い空気って、青い色の味がするよね」

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「最初に言っておくけど、多分嫌な気持ちになるぞ」  猫間ねこま 貴路きろは気が進まないといった調子で、普段より一オクターブ低い声で締めくくった。 「えー、なんでー? 私だって野々宮くんの沖田総司見たいからさぁ」  放課後、貴路はひつじと一緒に体育館へと向かっている途中だった。  ひつじが演劇部を、というより兎月とげつの練習風景を見たいという我儘を貴路が飲んでのことである。 「私だって演劇部じゃないから、立場は弱いんだからな」 「うんうん。猫ちゃんには感謝してる」  最近、野々宮 兎月関連で振り回されている自分の行動を、貴路は不思議な距離感で俯瞰していた。  それはもちろん不本意なのだけれど、不愉快の濃度が薄まってきているような気がして、それがまた貴路を悩ませる。  体育館へ着くと、舞台幕の内側を覗く。  演劇部は今、そこで練習をしているのだ。衣装、小道具、大道具も揃って、本番前の本格的な通し稽古に移っている。貴路のような部外者の手助けが無くても、部内で充分に事足りるまでになった。  それは嬉しいことなのであるが、少しだけ寂しさの欠片のようなものを感じてしまう。  二人が幕の中を覗くと、ちょうど部員達は休憩中であるらしく、談笑に花を咲かせているようだ。中には花屋敷はなやしき顧問に何やら食って掛かっている部員もいて、部内には本番前のピリピリとした緊張感も感じ取れた。  貴路もひつじも部活をやっていないから、独特の空気が新鮮に映る。  舞台の隅っこで一人蹲っている兎月の姿を見つけると、ひつじは奇妙な不安を感じた。バイトの時は、もっとヤル気のようなものが感じられたから、その差異に違和感を覚えたのだ。 「野々宮くん、何だか元気ないねぇ」 「野々宮 兎月はいつもあんな感じだぞ。沖田総司役といったら、演目の花形だろうにな」  どこか近寄りがたい雰囲気を纏っている。彼はいつだって、違和感に寄り添っている。それとも違和感のほうが、彼に寄り添っているのだろうか。 「花屋敷先生に無理やり頼まれたのを、まだ根に持っているのかもしれないな」  貴路は言ってからフイと横を向いた。  一人の女生徒が近寄ると、兎月は顔を上げて時折照れ臭そうな笑顔を作ったりしている。妙に馴れ馴れしく話す女生徒は、普段見かけない顔と表情で着飾っていた。 「誰だ? あいつ」 「演劇部の人じゃない?」  二人は野々宮 現子うつつこを知らない。 「いや、部外者だな」 「わ、私も部外者なんだけどね」 「ひつじは良いんだよ。私が連れて来たんだから」  よくわからない理由で押し切ると、貴路は力強い足取りで兎月に近づいてゆく。ひつじも引きられるカタチで後に続いた。  兎月の前まで来て足を止める。が、かける言葉を用意していなかったため無口になって、現子と目が合ってしまった。  なんていうか、地味な顔をしているけど愛嬌のある人だな。というのが、貴路の現子への第一印象だった。わりと失礼である。 「君は演劇部員じゃないだろう? 此処で何をしている?」  現子は丸く見開いた目で、不思議そうに貴路の顔を覗いていた。 「ひ、人の顔をそんなにジロジロと見るものではないぞ。失礼だな」  それでも現子は無言のまま、視線を貴路の顔から離さない。 「あっ! 兎月のお母さん!」  写真で見た兎月の産みの親に、貴路の容姿はそっくりなのだ。 「大丈夫か? この人」  貴路が珍しく兎月に言葉を振った。 「うーん、あんまり大丈夫じゃないかもね」  苦笑いを浮かべながら、兎月も返答に困っている。 「あ、えと、その……ごめんなさい」  非礼を詫びる。現子も吃驚したのだ。 「彼女は野々宮 現子。僕の妹だよ」  現子は二人に、ちょこんと会釈してみせた。  今日は買出し部隊の一員として手伝いに来ているが、兎月が日頃お世話になっている演劇部を一度見てみたかったというのが彼女の本音だ。 「野々宮 兎月に妹がいたとは驚きだ」  妹は兎月の特異体質を知っているのだろうか。貴路は気になったが、あまりにもプライベートなことなので、疑問は声になる前に頭から消えた。また、口にする資格も無いことに気づく。 「兎月、この人たちは?」 「ああ、すまない。私は猫間 貴路。訳あって、不本意ながら演劇部を手伝っている。コッチは――」 「合歓川ねむかわ ひつじです。えと……」  言葉に詰まる。実際、兎月とはただの知り合い程度の関係で、演劇部とも接点は無い。 「私が無理やり連れて来た。私も含めて、野々宮 兎月のクラスメイトだ」  貴路がひつじから言葉のバトンを受け取る。こういうところは本当に頼りになる友人なのだ。 「野々宮先輩、休憩終わりますよー」 「今行く」 「野々宮……先輩?」  後輩に呼ばれた兎月の後姿を、三人が揃って見送る。 「話しちゃったねー」 「野々宮先輩、正式に入部しちゃえばいいのにね」  黄色い声の一年生たちと擦れ違う。 「ちょっといい?」  現子が神妙な表情で、ひつじと貴路を舞台外まで連れてゆく。 「猫間さん、でしたっけ? もしかして、兎月って演劇部の一年生にモテちゃったりしてます?」 「言いたくはないが、キャーキャー騒がれてはいる」 「え? な、なんで? ただの助っ人なんでしょ?」 「じつのところ、演劇部には問題があってな。野々宮 兎月が沖田総司役を引き受けなかったら、学園祭での上演は不可能だったんだ。だから上級生の先輩たちにも妙に可愛がられている」 「マジで?」 「マジだ」  演劇部には女子が多い。部長も女性だ。 「なんとか辞めさせることは出来ないかしら」 「野々宮妹は過激なことを言うな。それやったら確実に演劇部員に殺されるぞ」 「でもさ、野々宮くんの沖田総司はカッコ良かったからいいよね」 「ひつじ……お前はそれでいいのか?」  ひつじが良いのなら、貴路だってそれで良い。

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