「なんかいるもん、ある?」 カップを手に、珈琲を啜りながら問いかける。 「何にもいらない」 その声は、奇妙なほど明るく弾んでいる。 きっと、足りないものはいっぱいあるはずなのに、美羽にはそれがわからないんだろうか。なんとなく、イラッとする。 「そんなわけないだろ? お前、パンツ一枚しかないんだぞ。なんか欲しいもん、あるだろ?」 語調が少しだけきつくなる。起き抜けのかったるさと連動して、多分僕はしかめっ面をしていたと思う。 それでも、美羽の顔から笑みは消えない。ちょっと困ったように小首を傾げて、ぱふぱふと膝立ちでベッドの上を移動すると、僕の後ろに回って、ふうわりと肩を包み込んでくる。 「いまは、本当に、思い浮かばない」 その声は、心底、幸せそうな声だった。哀しくなるくらい。 「ここに、こうしていられるだけで、いい」 内緒で一緒にいることを、きっと美羽は知っている。 だから昨日だって、暗くなっても灯りも点けずに、僕の帰りを待っていた。でも、だからと言って、「そんなことはしなくていい」とは言えないのが現実で、何もかもわかっていると言いたげな美羽の言葉に、僕は不機嫌そうにするしかなかった。 それ以上、なんの会話もないまま僕が立ち上がると、美羽がパタパタと後ろからかけてくる。ドアを開けようとする僕の手をきゅっと握って、「いってらっしゃい」と耳元に、内緒話のように囁く。 ああ、これもだ、と思う。 「おかえりなさい」「おはよう」「いってらっしゃい」 そんな当り前の挨拶に慣れない僕は、どんな顔をしていいのかさえわからない。何も応えることが出来ないまま、ドアをあけ、階下のバスに向かった。 バスの前に立って、ふっと何気なく見上げた部屋は、ひっそりと静まり返っている。けれど僕は知っている。美羽が、あの窓の下で、息を潜めて縮みこんでいることを。 ばれたらまずい。それは誰に確かめたわけでもなく、何の確信もない不安だったけれど、僕は美羽のことを、誰にも話せない。だって僕らはまだ、十七歳にもなっていない。僕は十九歳だと、もうすぐ二十歳になるんだと誤魔化しているけれど、美羽は誤魔化しきれないような気がした。もしもの時は、同い年だと言うつもりでいるけれど、それはすぐにばれてしまいそうな気がしていた。
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