作品に栞をはさむには、
ログイン または 会員登録 をする必要があります。

 仕事は、僕から希望を出す場合と、先方からのリクエストに応える場合と二通りあった。    仕事しか予定のない僕と違って、その日暮らしの調子の良い人間の集まりは、ドタキャンも珍しくないらしく、急に人手が足りなくなったといって、当日に連絡が来ることもあった。通常、たぶん有り得ないだろう「今すぐ来れる?」という依頼を、僕は断ったことがなかった。  そんな僕の働きぶりを真面目と感じたのか、便利だと思ったのか、社長は半年くらい前から、僕を気にかけていたんだと言う。  最初の頃は、電話番号と住所の登録だけだったアルバイトも、高校をやめて、かなりの頻度で仕事を入れるようになったある日、いつも電話をくれる担当者から履歴書を出して欲しいと言われた。日払いのバイトに、誠実さなんか持ち合わせていなかった僕は、渡された書類を適当な文字で埋め込んだ。そんな僕の、嘘っぱちの履歴書が、社長の前に置かれている。  何を書いたのかなんて、覚えちゃいない。問われることにちゃんと応えられなくて、嘘がばれても構わない。そんな好い加減な気持ちでいた僕に、社長は人好きのする笑顔を向けて、僕が望みながら気づけずにいた仕事を紹介してくれた。  ハッとした。瞳に映る全てが、一瞬にして磨かれて、さっと光が射したように明るくなった。暇さえあれば仕事を入れて、小遣い稼ぎに精を出していたのは、きっとこのためだったんだと、僕はその時はじめて自覚した。  僕はきっと、あそこから、逃げ出したかった。僕の上にどっかりと胡坐をかく、あの家から。大人の気紛れに振り回されるだけの、あの場所から ―― 。

応援コメント
0 / 500

コメントはまだありません