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 僕が友達の紹介でバイトを始めたのは、美羽と逢わなくなる、少し前のことだった。  ホームセンターや企業に品物を卸す配送センターでの仕事は、品物はその時々で違ったけれど、大まかな流れは変わらない。広い倉庫内に雑多に積み上げられた品物から、渡された一覧表に沿って商品を選び、バーコードを読み込んで、プラスチックの折りたたみ式の箱に詰め込んでいくだけ。予定が空いたときに、気軽に小遣い稼ぎが出来るその職種は、人付き合いが苦手だった僕の性に合っていた。  たいした理由もなく学校をやめて、でも遊ぶことにも夢中になれずにいた僕は、まるで暇つぶしのように仕事に通っていた。意味のわからない不安や焦燥は、何よりも身近で、いろんなことに簡単にくじけそうになっていた僕にとって、余計なことを考えないで済む分、仕事をしているほうが楽だった。何も考えたくなくて、だから何も考えなくて良いこの仕事が、多分好きだった。  そんなふうに、いい加減に毎日を過ごしていた僕だから、派遣元に呼び出された時は、ネガティブなことばかり想像していた。もしかしたら、高卒だという嘘がばれて、クビにされるのかもしれない。でも、そうなったらそうなったで、別にいいや。また何か、適当な仕事を探せばいい。そんな投げやりな気持ちで、僕は社長室のドアをノックした。 「やぁ、お疲れ様」  けれど想像とは裏腹な、満面の笑顔が、僕を出迎えた。  思っていたよりもずっと若い、溌剌とした印象のその人は、大きな机の向こうの革の椅子から立ち上がると、つかつかと僕の前まで歩いてきた。さっと差し出される手に反射的に出した僕の手が、ぎゅっと握られる。 「はじめまして。僕が社長の宇佐美です。よろしくね」  社長と言われてもピンとこなかった。なんだかあまりにも軽くて、自然、疑うような上目遣いになってしまった。 「あっ、胡散臭い奴って思ってるでしょ? 君、正直だね」  でも社長は、そんな僕の失礼な態度にも朗らかに笑って、革の椅子に戻っていく。 「えっと、立花、……ユウキ? ユキ? どっち?」 「ユキ、です」 「ユキくんね。今は自宅から通ってるのかな?」  それが、僕と社長の初対面だった。

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