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 人肌のような生ぬるい温度は、普段ならきっと、気持ち悪いと感じたろう。でも今は、不思議に心地良かった。老人の、何処か慣れない、ぶっきらぼうな優しさが、掌にある中途半端なぬくもりに、とてもよく似合っているような気がした。 「晩飯、もらっちゃった」  そう言うと、低木の根元にしゃがみこんでいた美羽がぱっと笑った。    鉄筋コンクリートの三階建ての、最上階の右端が、僕らの新しい住み処だった。  ユニットバスつきの細長い部屋は、収納式のベッドを設置すると、人ひとりがやっと通れるくらいのスペースしかなかった。でも、設備は驚くほどしっかりしていて、テレビにエアコン、電磁調理器付きのミニキッチンの下には小型の冷蔵庫もあった。その上、キッチンの上に造り付けられている扉を開くと、小ぶりな鍋とヤカンがあって、その隣には一揃いの食器まで準備されていた。 「すごい! ねぇ、目覚まし時計もあるよ!」  美羽が嬉しそうに言った。 「うん。思ってたよりずっと良い」  僕も嬉しくなって、笑いながら言った。  階段から一番離れた角部屋は、窓を開けると遠く、ぽっかりと浮かんだ月が、海を照らしている。 「月が、海に溶けてるみたい」  天空から、とろりと零れる金の雫を指差して、美羽が笑う。遠くに見える漣が、金砂を乗せて、きらきらと煌いている。  海の見える新しい部屋は、ふたりでいる、ただそれだけで、かけがえのないものに思えた。

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