きみに届けるシンフォニー
第一章 届けたい想い 9

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 駅前の書店で買い物をすませ、ファストフード店で小一時間とりとめのない話をしてから拓人たちは駅に向かった。  予想通りアルバイトの話やお給料の使い道など質問攻めにあったが、拓人は全部受験のためで貫き通したので、最終的には奏と修から労いと励ましの声を受けて心苦しい思いをした。  ラッシュを過ぎた電車内は空いており、座席に三人で並んで座る。  待望の新訳ファンタジー小説を取りだした奏はほくほく顔で両隣の拓人と修に見せびらかしてくる。  拓人が読んだのはかなり前の旧訳だが、世界的に有名な女流作家が著したエンタメファンタジーだった。 「どんな話?」  修が水を向けると、奏は待ってましたとばかりに口を開く。 「ファンタジーだけど最後のどんでん返しがすごいの! とっても感動するから、ああ、読んでよかった、明日からまた頑張ろうって気持ちになれて大好き!」  奏のスイッチが入り、体を修に向けて熱弁をはじめる。  読書というとスポーツ雑誌ばかりの修は黙って説明を聞いているが、眉根が寄っているあたりちんぷんかんぷん何だろうと拓人は感じとった。 「このお話を考えた作家さんの頭の中ってどうなってるのかな、って思うよね?」  話を振られた拓人は頷く。 「そうだね。登場人物が魅力的なのもあるけど、やっぱり物語が面白いから好きだな」 「たっくんはストーリー重視だもんね」 「うん」  拓人が相槌あいづちを打つと、奏は再び修に向き直って作品の解説をはじめる。  奏が小説好きになったのは小学生の時だ。  朝の読書の時間に拓人は父の本棚から拝借したシャーロック・ホームズを読んでいた。  小学生には難しい漢字が多く、少しずつしか読み進められないが、その文庫本を読んでいる自分がちょっとだけ大人な感じがして拓人は好きだった。  それまで高学年向けの文学を読んでいた奏が拓人の本に興味を持ち、次の日には図書館から借りてきた小学生向けのホームズを読んでいた。それがきっかけとなり今や古今東西の物語を読むまでに成長したのだ。  修が目で救いを求めるのが面白くて拓人は苦笑いを返す。 「あ、次だ」  奏が文庫本を鞄にしまい、修はラブレター入りの鞄とユニフォームを入れたバッグを握る。電車がゆるやかに停車すると二人は同時に立ちあがった。  ご近所同士だが、拓人はもう一駅先で降りた方が家に近い。  先頭車両から見ればほんの数百メートルの距離なのだが、ここで一緒に降りるとかなり遠回りになってしまう。 「じゃあね、たっくん」 「お疲れー」  ホームに降りた奏が元気よく手を振る。  拓人は以前、恥ずかしいからしなくていいと言ったものの、奏は扉が閉まり電車が走り出すまで見送るのをやめない。慣れたもので修も横に並んで軽く手を振ってくる。  遠ざかる二人に小さく手を振り返すと、こういう日常って大切だなと拓人は感じるのだった。

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