きみに届けるシンフォニー
第一章 届けたい想い 7

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 午後六時をまわり、まっすぐ昇降口に向かうとまだ誰も来ていない。  奏は美術部の、修はサッカー部の後片づけがあるので二人を待つ間、拓人は下足箱の間に隠れるようにして筆箱を握り、ギターのコードを練習した。  両親以外の誰も拓人がギターの練習をしているのを知らない。  秘密にしているのは全て奏のためだ。  奏はとうに忘れてしまっているかもしれないが、拓人は幼き日に交わした約束を必ず守ると堅く誓っている。  もちろん、ギターは何としても自分で稼いだお金で買うと決めていた。  両親と学校の承諾を得てようやくアルバイトができるようになると、半年間の契約で引っ越し業者とブライダルスタッフに採用された。  学校、部活、バイトのトリプルパンチはキツかったが、奏の笑顔を想うと弱音を吐いてなどいられない。  十分なバイト代を稼いだ今年の春、拓人は念願のアコースティックギターを買うために隣町の大きな楽器店を訪れた。  ご丁寧に超初心者におすすめ&店長一推しとファンキーなポップがつけてあったギターを選び、合わせて初心者用の教本を選ぶ。  教本の種類が多過ぎてまごついていると、見かねた店長が話しかけてきてくれた。  拓人は消極的で普段から店員と会話するのは物怖ものおじしてしまうのだが、この助け船は嬉しくて饒舌になった。  希望を聞いた上で、購入するギターを確認した店長は本棚を舐めるように眺めてから薄い冊子とコード表を抜きだすと拓人に手渡す。  小学低学年が喜びそうな表紙に拓人は首を傾げるも、店長は『初歩の初歩からでないと成長できず、途中で投げだしてしまうから。初めての場合、基礎のそのまた基礎からでないとうまくいかないんだよ』と助言をくれた。  商品を梱包しながらギター教室もやっていると店長から勧誘を受けたが、そこまで懐に余裕がない拓人はやんわりと断って店を出た。  家までの帰り道に拓人は最も気を遣った。  奏の家は駅から離れているのであまり警戒しなくていいが、問題は修だった。  行動範囲が広く、神出鬼没の冒険野郎だからだ。  元々勘が働く方だが、サッカー部に入って第六感のようなものが、さらに研ぎ澄まされたように思えてならない。  夕方なら修は間違いなく部活のはずだが、異常に警戒した拓人は念には念を入れ、自宅の最寄駅ではなく一つ手前の駅から遠回りを決行した。  見知った顔とすれ違うことなく自宅近辺に着いた拓人は、監視カメラみたいにそこかしこに潜んでいそうな修の幻影から逃れようと玄関まで猛然と走ったのだった。  その日以来、両親以外の誰にもバレず、毎日練習を続けてもうすぐ三カ月になる。  拓人自身の手応えとしてはまずまずの感だが、熟練者から見れば超がつく下手なのかもしれない。  独学だとレベルの感覚がわからないので、やればやるほど不安が増える一方だ。  しかし、軽音楽部に教えてもらうのはできぬ相談だし、一時は店長に勧められたギター教室に通うのも考えたが、授業料を払い続けるのが困難で結局は諦めた。  両親も親戚もギターはおろか、楽器はからっきしだったので拓人には師事する相手がいない。  壁にぶちあたっている気がするのは上達の証拠だと自らを励ますものの、やはり誰かの後押しは欲しい。  最近は自宅での練習も両親の忍耐の限界にきているようなので、気兼ねなく音を出せる場所も探さなければならない。

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