きみに届けるシンフォニー
第二章 全てを一人で抱えなくてもいい 18

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「惜しかったなあ。いい線いってたけどなあ」 「バッハが唸るなんて久しぶりだ」  小林と山岡が和やかに談笑しているが、緊張から解放された拓人は脱力感を覚えていた。  まだ心臓がどきどきしている。  対局がはじまる前は負けた方がいいのかなとよこしまな考えがよぎったが、全力を出さなければ相手に失礼だと思い直した。対局が終わった今、心を占めているのは馬場は強かったの一言だ。祖父も強かったが、馬場はそれ以上の腕前だと拓人は思い知らされた。  一方の馬場は勝利の余韻に浸らず、ただ満足そうにあごをさすっている。 「バッハ相手によくやったわ。でもね、バッハはうちではナンバー2なのよ」  拓人が口をぽかんと開くと、妙子は七福神の布袋尊ほていそんによく似た男を指差して笑う。 「桂木さんが一番強いの。この前バッハが拓人くんに怒ったのは桂木さんに勝てたかもしれなかったからなのよ」  妙子の種明かしに桂木は相好を崩す。 「わしはあのままでも十分に勝てたけどな」  がはは、と大声で笑うのでつられた山岡と小林も愉快そうに笑う。  拓人が冷や冷やしながら馬場の方を向くと、馬場は腕組みしつつも口元には笑みを浮かべていた。 「よし、次はわしと手合わせを――」  気を良くした桂木が身を乗り出すのを小林が止める。  真摯な眼差しで首を振る小林から、拓人はただならぬ雰囲気を察知した。 「おお、そうだったな」  桂木が座り直すと妙子がおもむろに口を開いた。 「拓人くん、急に呼びつけたりしてごめんなさいね」 「いいえ、僕も楽しかったですから。それで、あの――」  初めから将棋の呼び出しだけですむとは拓人も思ってはいなかった。本題は何だろうと水を向けると、妙子はポニーテールに束ねた豊かな銀髪を振って頷いた。 「実はあの後、私たちもあなたのことが気になってね。山岡さんから話を聞いて、何か力になれないか相談したの。よかったら、拓人くんがギターを弾く理由を私たちに教えてくれないかしら」  拓人は困った。  知り合ったばかりの人たちに、自分の最もやわらかくあたたかい感情を伝えていいものかどうか迷った。  だが年齢を理由にしては失礼だが、色恋を冷やかす人たちでないのは何となくわかる。  短い逡巡の後、拓人は包み隠さず話そうと決断した。

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