残照
6-3

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 店内は空調が効いていたので、外に出た僕はまず熱気にやられた。もうすっかり夜だというのに、容赦のない暑さだった。ひとまず全員での飲み会は終了になり、以降は各自で好きにしていいことになった。 「成瀬どうする?」  筒井がそう聞いてきた。僕は自宅まで筒井の車で送ってもらうことになっていた。 「むしろ合わせるよ? 送っていただく立場だしね」 「うーん」  僕たちがが決めかねていると、森下にカラオケに行くぞと誘われた。筒井も乗り気なようだったので、そうなると、僕はついて行くほかなかった。  結局、浅井、笠原の女子2人と、森下、出口、筒井、宮内と僕の七人でカラオケに行った。  酒を飲んだ勢いもあって、みんなこれでもかというくらいに熱唱していた。特にカラオケ好きの出口はマイクをなかなか離さなかった。ようやく順番が回ってくると、僕は恥ずかしがる筒井と一緒に、以前日向が歌っていた曲を入れて歌った。そこからデュエットの流れができて、いつの間にか出来上がっていた浅井と、再び出来上がってしまった森下は肩を組んで、何曲か連続で歌っていた。  その最中、筒井と宮内がトイレに、出口が煙草を吸いに部屋を出た。楽しそうに熱唱する二人を眺めながら、微笑ましそうに見守っている笠原に、僕はふと浮かんだ考えを確かめることにした。 「ねえ、浅井の付き合っている相手ってまさか」  小声で耳打ちすると、笠原は意味ありげな顔で頷いた。僕の予想はあたっていたらしい。 「内緒ね、もうみんな気づいてるかもだけど」 「いや、多分気が付いてないだろ。みやとかも知ってるの?」 「ううん。直接聞いたのは多分、私だけ。樹がいたら、多分樹にも教えてたと思うけど」 「そっか。ま、似合ってるよね」 「うん。私もそう思う。ねえ、樹はさ、さっき彼女いないって言ってたけど、ほんとのところはどうなの?」 「え、いないよ? ほんとに」 「へえ、ほんとにいないんだ」 「うん。笠原の方こそ、学校にいい人いないの?」 「いい人はいるかもだけど。彼氏はいないよ」  長い髪に指をくるくると巻きつけながら、笠原は答えた。その仕草と画面の明滅が相まって、彼女の横顔を妖しげにした。 「ふーん。笠原、もてそうなのに」  余計な一言だったかという不安を、すぐにアルコールがさらっていく。 「私なんて全然だよ」 「またまたご謙遜を」  なんだかさっきもした気がするやりとりだと思いながら、僕は笑った。 「あのさ、樹」 「ん?」 「その、ほんとうに、大丈夫?」 「え?」  心臓が一つ、大きくはねた。 「・・・・・・みんな、思ってるんだろうけど、さ」 「なんの、こと」 「それは、もちろん」  笠原が何か言いかけた時に、偶然、曲の最高潮がやってきたらしく、森下と浅井は歌っているのかただ叫んでいるのか、マイクが割れるほどの大声を出した。僕と笠原は身をすくめ、同時に出口が何ごとかと部屋に飛び込んできた。  かすれた声で楽しそうに事情を説明している二人をよそに、僕は気を取り直して、笠原に何を言おうとしたのかと訊いた。しかし笠原は、少し考えるそぶりを見せてから、なんでもないと言った。固く結ばれた口に、僕はそれ以上、訊くことはしなかった。  まるでスキップでもされているように、気が付けばあっという間に退室の時間が来た。足元のおぼつかない森下と浅井を支えて、僕たちは支払いを何とか済ませて店を出た。さすがに全員疲れたようで、正気のあるものだけで簡単に挨拶を交わして、解散になった。  筒井の車に僕と森下と出口は乗った。女子達は徒歩で帰るらしく、ボディガードと称して宮内も歩いて帰った。助手席に座った僕は、女性陣と宮内に手をふった。笠原と目が合うと、にっこり笑っていた。  僕や筒井とは異なり、この街に住んでいる出口と森下は互いに家も近かった。二人の家は少し入り組んだところにあるので、筒井が近くまで行き、適当なところで二人は降りた。さすがに力があるのか、森下をしっかり支え、笑顔で手を振る出口の健闘を祈って、車は発進した。  道を行く車は他になく、窓の外、景色の移り変わりを眺めながら、僕は筒井と改めて近況について話した。地元で働いていた筒井は、仕事を辞めたいと悩んでいると、打ち明けてくれた。 「なんか、つまらなくてさ。僕の人生これでいいのかなあ、なんて。甘いかな」  自嘲するような声だった。 「無責任だから、簡単には言えないけれど、個人的にはいいんじゃないかと思うけどな。人生は、多分、一回だから」  僕が言うと、筒井はくすりと笑った。 「多分、か」 「ああ、うん。証明のしようがない」 「そうだね、うん。成瀬の言う通りだよね」 「超個人的意見だから。あくまで」 「うん、ありがとう。でもやっぱり、成瀬っておもしろいよね」 「そう? 自分では、少しも思わないけど」 「発言が他と違うというか、なんというか。人生は、多分、一回きりなんて、わざわざ多分ってつける人、他に知らないよ」 「そうかな」 「うん。そうだよ。成瀬って、ほんと変わってるよね」  知っている。僕は、僕と日記の中の彼女はどこかおかしい。 「・・・・・・でもほんと、元気そうでよかった」  笑顔をしまい込んで、哀しそうに筒井はつぶやく。独り言だろうかと、僕は何の反応も示さずに次の言葉を待った。 「ほら、まあ、あんなことがあったからさ。成瀬、大丈夫かなって」  心配そうな筒井の声が耳に届くと、頭に鈍い痛みが走った。鼓動は早まり、視界が揺れる。どうも、アルコールのせいではないようだった。  苦しみの中、日記の中の少女が、両手を広げて僕を包み込もうとしているのが見えた。 「・・・・・・筒井、覚えてる?」 「え? なにを?」 「生まれ変わったら、また人になりたいと言える人が、わたしは羨ましい。生まれ変わったらという想像さえしたくないわたしにとっては、あまりにまぶしくて、悲しくなる」 「それ・・・・・・なんだっけ?」 「たぶん教訓は、悔いのない人生を生きようってことだと思う。僕が筒井に答えられることとしては、これくらいかな」  筒井はころころと表情を変えて考え込んだ後、ぷっと噴き出した。 「わかりにくいよ、成瀬。いきなりどうしたのかと。でも、ありがとう」  きっと筒井は僕の言いたいことをわかっていないだろう。けれどそれも仕方がないことだ。  それから到着まで筒井の仕事の話を聞き、時折、僕が大学で学んでいることを説明しているうちに家についた。僕は何度も礼を言って、彼の健闘を祈り、車を降りた。筒井は嬉しそうに笑って、礼を言って、帰って行った。去り際に、何か言いたそうな顔をしていたけれど僕は気が付かないふりをして、別れた。  とっくに寝ている両親を起こさないよう静かに、僕は自室へと戻った。時刻は1時だった。お風呂に入ろうか迷って、疲労が勝った。ベッドに仰向けに倒れ込むと、一気に眠気がやってきた。  今日のことをぽつぽつと思い出しながら、眠りに落ちようかという時、ふと、僕の頭に鈴野の顔が浮かんだ。眠気は一気に消え失せて、僕は勢いよく体を起こした。ベッドから降りて、椅子を窓の傍に寄せて座った。夜空を見上げる。今日は月が見えない。  一体どういう訳かわからなかったけれど、気が付けば僕は鈴野に電話をかけていた。親しき仲にも礼儀あり。そんな簡単なことを知っていながら、夜中に電話をかけるのはいかがなものか。そんな僅かな自制心は、おかしな決意に容易に飲み込まれてしまった。  出るわけがない。  けれども電話を切ろうとはしなかった。耳に鳴り響くコール音が、重たい頭にはこたえる。けれども待ち続けた。一体何のためかはわからない。  まあ、出ないよな。  頭の中で呟いた時、耳に小さく「はい」という声が入ってきた。 「あ」  出てくれたのだと理解したけれど、そもそもなぜかけたのかもよくわからなかったので、続けるべき言葉が見当たらなかった。 「樹?」   鈴野の小さな、消え入りそうな声が僕の名前を呼んだ。きっと普通の声なのだろうけれど、今の僕にはそう聞こえた。 「ああ、成瀬、ですけど」 「知ってる。久しぶり。どーしたの?」 「あー、いや。何してたのかなって」 「なにそれ」  くすくすと鈴野の笑い声が聞こえた。 「なんとなくだよ」 「なんか、いつもと違うね。まさか、お酒でも飲んでた?」 「わかる?」 「うん」 「さすがは」 「僕の友人、ね。特に何ってこともないなー、樹がいなくてひまだったし、ぼーっと夜空を眺めてました、っいうのは冗談。ゲームしてました」 「なんだ、僕は夜空を見ていたのに」 「へー、残念。んで、どこの誰と飲んでたの? 私のことほったらかしてさー」  電話越しにも鈴野がふざけようとしてるのはわかった。僕は不思議な安堵を覚えた。 「絶世の美女達と」 「国が傾くような?」  僕は笑った。鈴野もくすくす笑っていた。 「そうそう。困ったよ、なかなか帰してくれなくて」 「罪深いなあ樹は」  彼女はこの数日間何ひたすら本を読み、ゲームをし、後は眠っていたと予想通りのライフスタイルを教えてくれた。どうやら実家には帰らなかったようで、理由を尋ねると、移動が面倒だったからだと、これまた予想通りの答えが返ってきた。 「んで、飲み会ではどんな話をしたの?」 「ん? いや、別になんてことはないよ」 「私としては参考までに、聞きたいんだけど」  催促されたので、電話に出てもらったということもあり、懇切丁寧に今日の話題をいくつか教えた。やはり出口の壮絶な別れ話には、彼女も興味を示しているようだった。 「災難だねえ、その人」 「いい奴なんだだけどね」 「いい奴、かあ」 「そうだよ。むかしからね」  僕はあらかた話し終えてしまい、静寂が訪れた。これ以上拘束してはさすがに申し訳ないと思い、僕は電話を切ろうと決めた。 「さて。そろそろ寝ようかな」 「うん、寝ようかー」 「ありがとう、付き合ってくれて」 「いえいえ。あ、ねえ、樹」 「ん?」 「・・・・・・なんでもない」 「はあ、なにそれ」 「本当に何にもない。ただ名前呼んでみたくて」  意地悪な声色に、僕はため息をついた。 「やめてよ。眠れなくなったらどうするの?」 「どきどきして?」 「違うよ。実は何か言いたかったんじゃないかって」 「あー、何にもなくてごめん」 「まったくどいつもこいつも」 「え? 他にも?」  しまったと思い、けれど仕返しをするいい機会だと思った。 「なんでもない、おやすみ」 「えー、気になる。教えてよー、ってあれ、切った?」 「切ってない」 「なんだよー」 「ねえ、凛」 「なに?」 「・・・・・・なんでもない」 「やっぱり君は野蛮だよ」  僕達は笑い、別れを言って電話を切った。僕の体は限界だったようで、ふらふらと椅子から立ち上がり、ベッドに倒れ込んだ。どのくらい話していたのか、正確にはわからないけれど、結構な時間が経っているように感じた。  意識が消える寸前までずっと、僕は凛のことを考えていた。

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