残照
12

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 まず僕たちは、野上さんに信じられないくらい怒られた。  勝手に病室を抜け出したこと、凛を見つけたのに連絡をせずにいたこと。初め、一緒に僕たちをしかりにきた他の看護師さんや先生も、あまりに野上さんが怒っているのでだんだんとなだめる側に回って、そんな光景に僕と凛が顔を見合わせて笑っていると、また怒られた。  凛が病室へと戻った翌日、理恵子さんと白木さんに凛が入院していることと、病院の場所を告げた。慌てて飛んできた理恵子さんに、僕はなぜ黙っていたのかと怒られた。  次いで飛んできた白木さんに至っては、そこからしばらく口をきいてくれなくなった。二人は深く事情は聴かず、察してくれたようにただ優しく、凛を抱きしめていた。理恵子さんや白木さんには、いつの日か、僕たちの身に起こったことを話す日が来るんだろうなと、漠然とした予感を僕は抱いた。  その中で凛は笑ったり、泣いたり、怒られる僕を見てまた笑ったりしていた。    背は、僕より少し低い。    栗色の髪は肩くらいまである。  透き通るような白い肌。  くっきりとした二重瞼。  どこか気だるげな生気のない目。  まっすぐ通った鼻筋と、ピンク色の唇。  思い出の中の少女とは、似ても似つかない。  自然な彼女らしい表情で、人と関わる凛が、そこにはいた。  その後、僕は講義を受けたり、白木さんと理恵子さんにひたすら謝ったり、日向とご飯にいったり、突然やって来た筒井達と遊んだり、普通の日々を過ごした。ほとんど代わり映えのない、だらだらと続くだけの無意味な時間は、妙に心地よかった。  もし、ここに風香もいてくれたら。  なんども、そう思った。すべてを受け入れてしまって、本当に傷ついて、とても苦しかった。  そんな時、僕は決まって凛の病室を訪れた。少し赤くなった目元に僕は気が付いて、彼女も気が付いて。僕たちは手を取り合って、風香との思い出話をした。そして必ず未来の話もした。例えば、成人式のこと、就職のこと。退院したら、一緒に散歩に行くこと。一緒に、風香の墓参りに行くこと。それらがまた、僕たちに前を向かせてくれた。  間違っていた僕たちは、風香のおかげで出会えたのに、二人でいる間結局ほとんど風香の話をしなくなっていた。その理由の最たるものは、僕の場合、想像の世界が侵されないようにするためだった。凛はその理由を嫉妬だと答えた。とても人間らしい答えだった。  生んでしまった隙間を埋めるように、僕たちは何度も何度も、風香と名前を口にして、一緒に笑って、泣いた。  ※   「私は、樹にはなれない」 「なんだよ、急に。当たり前だろ」 「そーなんだよねえ。残念」 「なんで僕になりたいの」 「だって、そうしたら樹のことが全部わかるじゃん」 「いいよ、わからなくて」 「えー!」 「第一、そんなことをしたら君がいなくなるじゃないか」 「あー、うん、確かにねえ。あ、じゃあさ、一瞬だけ。しゅんって樹になって、全部わかったらまたしゅびって戻る」 「効果音変わってるぞ。それでもだめだよ。一瞬でも風香、いなくなってるじゃんって、何、その顔」 「そーんなに、わたしがいなくなる嫌なのお?」 「うわ、腹立つ顔」 「ねえねえ、どうなのどうなの。わたしがいなくなるの、いやだ?」 「・・・・・・いやだよ。決まってるだろ、そんなの。って、なんだよその顔!」 「い、いやだってさ、ごまかすと思ったのに。そんな真剣な顔で。恥ずかしいなあ・・・・・・」 「ふ、風香が訊くからだろっ!」 「そ、そうだけどさあ!」 「ったく、とにかく。勝手にいなくなったりしないでよ」 「仕方ないなあ。えへへ、樹のために、風香ちゃんはずっと隣にいてあげましょう」  ※    交換日記にも、だいぶ慣れてきた。  風香のおかげだね。  正直、毎日のエピソードなんて思いつくわけないと思ってたんだけど、意外と書けている自分に驚きます。といっても、風香との思い出をまた書いている場合が多いんだけど、そこはご愛敬。  と、順調な感じをアピールしたんだけどね、今日は本当に何も書くことを決めてません。  だから、少し恥ずかしいんだけど、改めて感謝をのべさせてもらおうと思います。  でも一つ注意! これを読んで次に会うとき、にやにやしたり、いじってくるのは禁止!   守れる良い子だけ、続きを読んでください。  風香、本当にありがとう。  わたしみたいな、何のとりえもなくて、人ともろくにかかわったことのない、変な奴と友達になってくれて。あの日、初めて君と会った時、最初はなんだこの人、絶対やばい人だと思ってました(ごめんね)。でも、何度も話していくうち、君の優しさとか、明るさに触れるうちに、君と出会ったことを感謝するようになりました。  月並みな言葉しか、言えないんだけど。  でも、月並みな言葉を言えるようになったのも、君のおかげです。  わたしが、いまいるのは、生きていられるのは、君のおかげ。ちょっと重いかもだけど、それもご愛敬。  君がわたしの小さなラッキーに、目を輝かせて喜んでくれる時、小さな不運に、怒ってくれる時。  わたしの境遇に、涙を流してくれた時。  いろんな素敵な君を知って、どんどん好きになっていきました。  ありがとう。あの日、わたしに話しかけてくれて。  これからも、ずっと、友達として、一緒にいてください。                             11月19日  ※  凛が退院するとき、野上さんは泣いていた。つられて凛も泣きだして、二人が熱い抱擁を交わすのを傍らで見ていると、申し訳ないけどちょっと恥ずかしかった。二度と入院はしちゃいけないけど、たまにプライベートで会いに来てねと無茶なことを言っていた。  僕と凛は、一体いつ以来か、並んで病院からの道を歩いた。雪がうっすらと積もっていて、転ばないようにと僕と凛は手を繋いでいた。少し骨張った手が心配だったけれど、そこには柔らかな温もりがあった。  僕たちはひとまず凛の家に行こうと決めた。荷物の整理なんかをして、夜には喫茶店で食事をとることに決めていた。白木さんも来ることになっていた。  時刻は午後1時。  空高く、太陽が昇っている。 「少し、思っていたことがあるんだけど」  僕は凛の横顔を見ながら言った。 「ん? なに?」 「僕と君はさ、似ているんじゃないかって」 「え? 顔?」 「違うよ。目ついてる?」 「ひどい、そこまで言う?」 「ごめん。ただ、漠然となんだけど、そう思ってたんだ」 「・・・・・・わたしも、わかるかもしれない」  凛は手をぱっと離し、少し駆け足になって数歩先に進んで立ち止まり、振り返った。僕も足を止め、向かい合う。 「事実、わたしたちは二人とも、風香によって生かされていたから、じゃないかな」  彼女の言葉はすっと、まるでそのための道が設けられていたようにすんなりと僕の心に入って、溶けていった。僕はきっと凛にそう言って欲しかったんだ。 「互いに深い悲しみに暮れて、わたしも樹も間違えたけれど。そんな中でも生きてきたのは、ずっと風香のおかげ」 「・・・・・・・そう、だね」 「でも、間違いに気が付いた今でも、わたしたちの中から風香が消えることはない」 「うん」 「一生消えることのない傷は負ったけれど、でも、絶対に一生無くなることのない素敵な風香との記憶を、風香への思いをそれぞれ持ってる」  凛は近づいてきて、また僕の手を握った。  とても、暖かかった。 「樹の手、あたたかいね」 「凛の手もね」  そうか。  このぬくもりが、僕たちを生かしているのか。 「樹、ありがとう。わたしと出会ってくれて」  凛はにっこりと笑った。ほんのりと、懐かしい風の香りがした。 「僕のほうこそ。ありがとう、凛」  僕たちは、これからも生きていく。  時には、深い傷を負うこともあるだろうし、立ち直れないほどの悲しみに直面することもある。  でも、もう、僕も凛も逃げたりしない。  だって、またこうして、思い出せたから。  これからも、僕たちは、生きていく。  寄り添ってくれる光を大切にして。  温もりを、与えあって。

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