残照

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「私は君にはなれない」  陽光を背に、橘風香はそう言った。 「どういうこと?」  言葉をそのまま受け取ることも、彼女の言葉に隠された意味を考えることも、選択としてはできた。けれど、僕はとにかく、続きを聞きたかった。  僕はこれまで、彼女の言葉を理解したと思ったことはなかった。まるきり意味不明とは言わないけれど、いつも、彼女にはどこか、僕の理解など及ばない領域があるような気がしていた。 「なれないんだよ、どんなに願っても」  彼女の声は風の中に浮かび漂い、僕の耳を撫でる。 「僕に、なりたいの?」 「うん、だってそうしたら……」  彼女は夕焼けに染まる空を見上げる。 「そうしたら?」 「バナナオレの良さがもっとわかるかもしれない」  彼女の視線は僕の顔から体を伝い、手にしていた空き缶を捉え、また僕の顔へと戻ってきた。 「無理だよ。だって僕、わからないから」 「そうかな。私はわかるようになると思うけど」  きっと、そうなんだろう。風香が柔らかい笑みをたたえていると、僕はその言葉が真実なのだろうと確信する。 「でも、バナナオレの良さが知りたいだけで僕になりたいだなんて、変だよ」  君は他にも、僕になりたい理由があるんじゃないか。続けたかった言葉を僕は飲み込む。風香はそんな僕の顔を見たまま、笑顔を作った。作ったなどと言ったのは、本当に僕の目にそういう風に映ったからだ。彼女は笑顔になったのでも、笑みがこぼれたのでもなく、笑顔を作ったのだ。あまり美しく、恐ろしくさえあるほどの完璧な笑顔を。 「ねえ」 「うん?」 「私が、いなくなったら悲しい?」  すでに風香は僕になってしまって、この世界から消える想像をしているのかもしれない。だとすれば、僕には何より受け入れ難いことに思える。自分と同じ人間が眼前に現れることよりも、橘風花が消えてしまうことの方が、僕には考えられない。 「もちろん。僕には、耐えられないだろうね」  素直に答える。風香は真剣な表情で、それから大きな目を瞑った。何かを考えているようでもあり、自然の音を聞いているようでもあり、また感傷に浸っているようにも見える。どれも正解で、どれも不正解である気がする。橘風花の言動には、いつも僕の理解など及ばない領域があると思っていた。 「……そう」  やがて、ゆっくりと風香は頷いた。 「そうだよ」  横で彼女が立ち上がる音が聞こえ、向く。 「ねえ、樹」 「ん」 「私たちの関係って……なんなんだろうね?」  風香との会話はいつも唐突だ。師が弟子に教えを説くように、あるいは親鳥が雛に餌をやるように、僕は彼女のもたらしてくれる言葉を一生懸命噛み砕いて飲み込む。  けれども、僕は彼女の弟子でも無ければ子でもない。僕と橘風花の関係は一体なんなのか。そもそも僕たちは何者であるのか。それは僕だって知りたい。  この時、僕は、なんと答えるべきなのだろう。  風香はどう思っているのだろう。  1   五月の連休明けには何かが起こる。それも、良くないことが。  例えば五歳の時には高い所から落ちて足を骨折した。十二歳の時には大切にしていたゲームのカセットをなくした。十五歳の時には高熱に襲われた。  そういう経験から僕は連休明けをとても恐れるようになった。  高校ニ年の連休明け。連休明けのジンクスにもう気がついてた僕は、例年通り災難に見舞われるのだろうかと一日中気を張り詰めて、放課後にはくたくたになっていた。  だから僕は、その日の帰りに英気を養おうと、隠れ家へと向かっていた。面倒な人付き合いや、嫌いな勉強で溜まったフラストレーションの解消にと、高校入学後に始めた散歩で思わぬスポットを見つけていた。  街外れの高台にある、あまり使われていないらしい市営のグラウンドへと続く長い坂を登る途中、横幅が一人分くらいしかない石段があった。両脇に草木がひしめきあっていて、不気味な様相を呈している。石段の数は50段くらいで、結構な高さへと導かれる。  石段を上りきると、展望台とも公園ともいえなくもないような、ただ、どちらにしようにも今ひとつ足りない、小さな空間が現れる。木々に囲まれた隙間に、ポッカリできたようなその空間の中央には、二本大きな木があって、根のところにベンチが一つだけ置いてあった。  こんなところにどういうつもりでベンチを置いたのか、想像もつかない。景色といったって、どこにでもある太陽と、大して広くもない街並みの、さらに一部が見られるくらいで、目新しいものもなかった。あれだけの困難を乗り越えて得られるご褒美としては、いささか物足りない。全く持って中途半端な空間だった。  ただそんなことを思いながらも、僕はこの場所を気に入っていた。どうしてかは、自分でもよくわからない。  僕はベンチに向かって右端に座った。大きく息を吐き、背もたれに体を預ける。ぎしぎしと不吉な音がした。  僕を預かるこのベンチは、大きさからみておそらく3人掛けだ。初めてめてこのベンチを見た時には、3人掛けというのはナンセンスである気がした。1人はわかるし、2人もわかる。でも、3人掛けである意味が、まったくわからなかった。この場所にどういう動機があって三人で訪れるというんだろう。  それは全員男か、はたまた女か、小学生か、中学生か。そしてどの場合においても、この場所に3人で来る理由が僕には皆目見当がつかなかった。  ただ何度か訪れるうち、もしかするとベンチは2人用なのかもしれないと思うようになった。詰めれば3人座れるけれど、そもそもベンチとはすべて2人用で、真ん中の空間があって、初めてベンチと名乗れるのではないか。そこに至って、僕はこれまで想像が及ばなかったことを恥じ入る気持ちになった。  なぜそんなどうでもいいことを考えたのかというと、それは自分でもよくわからない。  そんな適当であるベンチに腰かけていた僕は、空に向かってため息をついた。  それから僕はリュックから校内の自動販売機で買った缶のバナナオレを取り出す。入学してからというもの、このバナナオレ以外の飲み物を購入した記憶はなかった。驚くほどおいしいかというとそうでもない。むしろ至って平凡などこにでもある味だと思う。悪くいえば中途半端な味だった。  だというのに、何気なくこのバナナオレを買ってからというもの、どうしてか僕は毎日のように買っていた。はたから見れば、僕はこのバナナオレのファンということになるだろう。なぜ、特別おいしいわけでもないバナナオレを買い続けるのか。それは自分でもよくわからなかった。  連休明けに必ず災難に襲われたり、中途半端な場所や飲み物を好んだり、ベンチを考察してみたり、僕は自分自身でもどうしてそうするのか、わからない一面があった。同級生にも『お前は変わっている』とよく言われる。  特に何かをするわけでもなく、できるような場所でもないので、僕はただ座ってバナナオレを淡々と飲んだ。これが、僕の日常だった。みんなが部活に励むか、勉学に励むか、交流を深めているのであろう放課後に、僕はただ1人、変な場所でバナナオレを飲んでいる。高校生らしさなんて、何もない。けれど、胸の内に存在する充足感。僕はやはり、変なのだろう。     柔らかな風と夕陽に充てられいつものように過ごしている内、僕はいつの間にか眠ってしまっていた。バナナオレを飲み終えて帰ろうと思ったところで、眠気が襲ってきたからだった。僕は抗えず、目を瞑っていた。    やがて、目を覚ました僕は時間を確認するため、隣に置いていたリュックから携帯を取り出そうと体を少しひねった。  そして、連休明けのジンクスが今年もまた僕を襲った。 「やあ、こんにちは」  僕の口から声にならない声が漏れ、身体が震えた。見覚えのない少女が、隣に座っていた。 「え、え?」 「ごめんごめん、驚かせるつもりはなかったんだけどね」  少女はにこにこしながらそう言った。 「だ、誰?」  辛うじて、僕は訊いた。 「一組の、橘風香です」  間違ってはいない。僕の問いに正確に答えてくれていはいるのだけど、しかし、何か間違っている。 「あ、そ、そう」 「君は?」 「ぼく? あ、えっと、成瀬です」  早くなった鼓動を落ち着けようと、胸に手を当てながら答えた。そこでようやく、彼女が同じ学校の制服を着ていることに気がつき、1組にこんな生徒がいただろうかと考える。 「下の名前は?」 「え、えっと、樹」  僕は、あまり好きではない自分の名前を告げた。好きでない理由は、なんとなくだ。 「樹ね、うんうん。なるほど、だからだね」  橘風香は二度頷いた。 「さしつかえなければ、何がなるほどか、教えてもらえないかな」 「ここにいる理由だよ。君は、自然を愛しているんだね」  人差し指を立て、彼女は言った。何をどう考えて、そんな結論にいたったのかまるで理解できなかった。 「いや、それは、違う。僕は自然を愛していない」 「あら、そう。ではどうして君はこんなところに?」  彼女は淡々と、ありとあらゆる疑問をかなぐり捨てて、というより、そもそもそういう過程に興味がないとでもいうように会話を続ける。彼女に訊きたいこと、訊くべきであろうことはたくさんあったし、突然のことに少し恐怖を感じていたけれど、僕は流れに身を任せることを選び、ひとまず彼女の質問に答えることにした。 「自分でもわからない。特別景色がいいってわけでもないのに、なぜか気に入って」 「ふうん、変わってる」   言われ慣れている言葉だ。どうやら彼女にも一般的な感性が備わっているらしい、というのは失礼だろうか。 「そう、かな」  僕は空っぽのバナナオレを飲むふりをした。 「それ、おいしい?」 「え? ああ」  僕は意味もなく、缶をくるくると回した。 「そうでもないかな」 「え?」 「可もなく不可も、なく」 「ふーん。じゃあ明日は大当たりの飲み物を買えるといいね」 「いや、多分、僕は明日もバナナオレを買うと思う」 「どうして? すごくおいしいわけでもないのに、百何円勿体ないように思えるけど。あ、もしかして思い出の味とか?」  彼女はコロコロと表情を変えながら、最後は笑ってそう訊いた。 「いや、別にそういうわけじゃない。でも気が付くと、いつも手の中に」 「君、本当に変わってる」  彼女はクスクス笑った。不思議なことに、とても魅力的な笑顔だと思った。 「・・・・・いや、そっちもね」  これが橘風香との出会いだった。  風香は、突然僕の前に現れてあれこれと好きに語り、訊き、帰って行った。その後、取り残された僕は、月が見えるまで呆然とベンチに座ったまま、夢か現かと、橘風香との会話を何度も思い返した。自分の頬をつねってみたりしたけれど、現実のようだった。そして遅くなることを伝えていなかったので、両親に叱られた。やはり連休明けには不幸が待っているらしかった。  全く不思議な出会いだった。全ての過程を取り除いて距離を詰めてくる彼女と、それをなんとなく受け入れた僕。奇妙な関係が出来上がった。はたから見れば、僕達はとてもありきたりな関係に見えたかもしれない。けれど実際は、とても不思議で複雑で、自分たちでさえ、言い表すことのできない関係性だった。   奇妙さを表すこととして、例えば僕達は、隠れ家以外で会話を交わすことはなかった。知り合った後、学校で偶然にすれ違った時、初め僕は挨拶くらいしておこうと思ったのだけど、彼女は僕と目を合わせようともしなかった。まったくおかしなことに、僕もなんとなくその態度に納得した。だから彼女がそうした理由を問うこともなく、また受け入れた。  出会いの日からというもの、僕たちは、まるで、世界から外れたように二人、言葉を交わし続けることになった。    風香が、この世界から消えてしまうまで。       ※  はっと我に返った僕を、手にしていた小説が睨みつけているような気がした。首を軽く振って、小説を閉じてテーブルの上に置いた。カップを掴み、コーヒーを一口飲む。  また、風香のことを考えていた。  続けて何口かコーヒーを飲み、僕は頭をリセットする。深く息を吐いて、色あせた小説の表紙に目を落とす。頭の中に場面や言葉が浮かんでくる。僕は1つ、息を吐く。  講義前の空いた時間、僕は家の近くにある喫茶店に来ていた。去年、慣れない環境に疲れ、とても自炊をする気にもなれなかったので、外食をしようと、近くを散策しているうちに見つけたお店だった。  一見さんお断りだとか、すごく高いお店だったらという不安もあったけれど、外観の良さと空腹によって、思い切って入ってみた。その選択は、正解だった。僕はそれから頻繁に通うようになっていた。 「やあ文学青年、相変わらずだね」  僕にそう言ったのは、唯一の店員で、店長の奥さんの理恵子さんだった。理恵子さんはエプロンを外しながら、向かいの席に座った。 「相変わらず?」 「コーヒーを飲みながら読書・・・・・・優雅だなあ」 「まあ、他にすることもないですから」 「しかもまたこれ読んでるの?」  理恵子さんは驚いたような呆れたような声で、テーブルの上の本を持った。表紙と裏表紙を交互に見ている。 「まあ」 「違う本読んでると思ったらすぐこれに戻ってる気がする」 「まあ、そうかもしれないですね。というか、いいんですか。さぼってて」 「人聞き悪いなあ。見てみなよ、お客さんもいないし、今は休憩中」  理恵子さんは本を僕の前に戻し、ポケットから煙草とライターを取り出して火をつけた。 「・・・・・・僕は?」 「常連君?」  吐き出した煙で理恵子さんの顔が一瞬見えなくなった。 「・・・・・・それって客じゃないんですか?」  僕が理恵子さんと会話していると、店長が奥からやってきて、理恵子さんに説教を始めた。微笑ましい夫婦喧嘩をしばらく見学し、時折どちらが正しいかと意見を求められて自分なりに答えたりした。客の前でたばこを吸うことに関して言及すると、君は客じゃないと今度ははっきり言われた。  そのうち、講義の時刻が近づいてきたので僕は店を出ることにした。 「それにしても、なーんかじめじめしてるよね」  レジを巧みに打ちながら、理恵子さんは言った。傍らの店長も頷いていた。 「時期ですかね、今も軽く降ってますし」 「嫌になるなー、やっぱり晴れの方がいいよ。気分的にも、客足的にも。雨の日にわざわざ来るのなんて、君くらいのものだよ。文学青年」 「そう、ですかね」 「あれ? そういえばさ、君が初めてここにきたのって去年の今頃じゃなかった?」  今日は五月の連休明け初日だった。理恵子さんの言う通り、僕がここに初めて来たのは、去年の連休明け初日だった。 「そうですね」 「だよね、もう一年も経つんだ」 「よく覚えてましたね」 「ん? ああ、それは君がしてくれた話のおかげ。ほら、五月の連休明けには何かが起こるってやつ」 「ああ、そういえば話しましたっけ」 「うん、興味深かったから。はい、おつり」 「ありがとうございます」  おつりを受け取って財布に入れ、両親が大学入学時に買ってくれたトートバックにしまった。 「それじゃ、ごちそうさまでした」 「はいはーい、また来てねー」  理恵子さんに軽く手を振って、僕は店を出た。外は小雨が降り続いていた。僕はバックに入れていた折り畳み傘を開き、足を一歩踏み出す。水の弾ける音がした。 「やあ、こんにちは」  背後からの声に僕は驚き、反射的に振り向く。すると、やけに肌の白い女と目が合った。その顔に見覚えがなかったので、人違いだろうと思ったけれど、女は僕から目を逸らそうとせず、値踏みでもするみたいにじっと見つめてきた。 「あの・・・・・・」  僕は突然の出来事にただうろたえるしかなかった。 「うん、やっぱりそうだ」  女は無機質な声でそう言った。僕は動揺で喉の奥が詰まった。 「あの、どこかで?」  心当たりはなかったけれど、無言でいるわけにもいかない。 「ううん。初めまして、だよ」  彼女は平然と言ってのける。独特な会話のリズムに、僕は胸の中がざわつくのを感じる。 「あ、もしかして同じ大学の人ですか?」  精一杯笑顔を作って、僕は訊いた。もし頭のおかしい人間だったならば、下手に刺激するのは危険だろう。 「うん。同じ大学だよ、でも私一年なんだ。君は二年でしょ。あ、でも年は君と一緒だよ。だからタメ口も許してね」  どうやら人違いではないらしい。これだけ会話をして、僕の年齢まで知っているのならば、本当に僕に用があるのだろう。 「すみません。あの、どなたですか?」  一番言いたかったことを、努めて冷静に僕は口にする。色白の女は目を瞑って、唇を結び、何か考えているようだった。 「そうだね。それを言ってなかった。私は、鈴野凛」  気だるげな印象からは想像できないような透き通るような声。傘を叩く雨音をそっと押しのけるように、僕の下へと彼女の名前が届いた。 「鈴野、さん」    彼女が言う通り、僕たちは本当に初対面なのだろう。これだけ彼女の顔を見ていて何も思い出せないのだから、間違いない。しかし、鈴野凛という名前を、僕は以前にも聞いたことがあるような気がしていた。 「そう。聞いたことない?」 「・・・・・・いえ」  わずかな心当たりは、打ち明けないことにした。直感が訴えていた。 「そっかー、言ってなかったんだ、風香」  鈴野と名乗る女は目線を空へと向けて、困ったような口調で、確かに、そう言った。  僕は言葉を失い、全身の感覚を失い、どこか深いところへと落ちていくような錯覚に陥った。  自分の耳を疑った。  それから自分が本当に正気かを疑った。  世界を、疑った。 「まったく。もしかして君があの! 的な展開を期待してたのにさあ」 「・・・・・・いや、ちょっと」 「ま、というわけでさ、いろいろとよろしくね。まずは」  僕のことなどお構いなしに、鈴野は間断なく話し続ける。 「待った!」 「はい?」 「・・・・・・僕の聞き間違いじゃなければ、今、君は」  心臓は痛いくらいに鳴っている。どこかへ行った感覚はいまだ戻ってこない。 「・・・・・・君は、風香って、言った?」  その名前を口にするのは、きっと、彼女がこの世界から消える前、あの中途半端な隠れ家で最後に話した時以来だろうか。 「うん、言ったよ?」  何をいまさらとでも言いたげに、鈴野はあっけらかんとして頷いた。 「風香って、その」  風香と発すると、僕は自分を取り戻していくような感覚があった。彼女の不思議な力はやはり、今もなお、あらゆるものに影響を与えているのかもしれない。 「うん、そう。橘風香。知ってるでしょ。君、仲良しだったんだし」 「仲良し・・・・・・」  よぎった否定をすぐに飲み込む。今はとにかく、状況を把握するべきだと思った。 「君は、風香とどういう?」 「なんだか、娘の彼氏に詰問するお父さんみたいだね。じゃなくて、ああ、うん。友達だよ、君以上にとーっても仲良しの友達」  ありきたりな戯言と、どこかから切り取って張り付けたような得意げな表情。単純に不快だったけれど、それも我慢しよう。僕は知らなければならない。橘風香のことを。 「友達、そう・・・・・・それで」  順を追って、次にどんな質問をしようかと僕は思案する。その時、すぐそばでクラクションが鳴った。僕と鈴野は同時に音のしたほうを見る。事故が起きたわけではなかった。僕は我に返って、道端で会話をしていたことに気が付いた。 「それで?」  鈴野に気にするそぶりはない。間違いなく波長の合わない人間だと思う。 「・・・・・・場所、変えよう」  講義が迫っていたことはわかっていたけれど、とてもそれどころではなかった。  五月の連休明けには、何かが起こる。  尋常ならざる、何かが。

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