残照
7-2

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 白木さんに連行されて訪れたいわゆるファミレスの店内は、制服を着た高校生たちでにぎわっていた。学校だけでは話足りず場所を移したのか、あるいはテストでも近いのか。とにかく数人単位のグループがいくつもあって、にぎやかだった。 「本当に、ありがとう。付き合ってくれて」  派手な高校生たちで埋め尽くされた店内でも、白木さんはよく目立っている。こんなところをほかのゼミの人たちに見られたら僕は殺されるんじゃないだろうか。 「大丈夫だよ」  僕たちはどちらもコーヒーを注文した。水しか飲まないとか、そんな人だったらどうしようかと思ったけれど、そんなことはなかった。 「でも、どうして急に」 「思い立ったが吉日。というか、いてもたってもいられなくて」 「えーと、ごめん。さっぱりわからないや。何が白木さんを駆り立てたの?」 「・・・・・・ちゃん」 「え?」 「凛ちゃんだよっ!」  身を乗り出し、顔をぐいっと近づけてきた。凛とはまた別系統の整った顔。いやいや見ている場合じゃないと、僕はいつもそうするように体を引く。 「あの、でも凛とは今日が初対面でしょ」 「そうだけど。実はずっと見てたんだ、二人のこと」 「え?」 「去年は大体一人か、男子と一緒にいた樹君だったのに、今年はその隣にたまーにだけど可愛い子が座ってると思ってね。観察してたら、それが凛ちゃんだったの」  鈴野さん呼びは遠く彼方へと消え去ったようだ。 「講義に集中しなよ」 「私もそう思うんだけどね。でも、無理。気になっちゃうんだもん。あの物憂げな表情と、それから・・・・・・」  段々とボルテージが上がってきたところで、店員さんがコーヒーを持ってきた。すると白木さんは態度を急変させ、とても優雅に礼を述べた。 「それから、なに?」  僕はコーヒーを啜る。 「そうそう、物憂げな表情とさ、樹君を見る、凛ちゃんの横顔。絵になるなって!」  僕はカップを唇にくっつけたまま固まった。 「どんな顔、してた?」 「うーん。ごめん、よくわからない。むしろ私が訊きたいよ。二人って、どういう関係なの? よかったら、教えてくれない?」  茶化すようではなく、純粋に疑問に思っているようだった。  二人って、どういう関係なの。その質問に、当然、僕は日記の中の少女がよぎる。散々僕を悩ませてきた至上の問題。  けれど今回は違う。僕と凛の関係は至ってシンプルだ。 「友達だよ」 「それだけ? ほんとうに?」 「逆に白木さんにはどう見える?」 「うーん。ただの友達には見えない。でも、恋人にも見えない」 「・・・・・え」 「奇妙な関係? とても、言い表せないような。って、答えになってないか」  その時僕は、今年の五月。その連休明け、喫茶店を出て、雨空を見上げ、ふいに話しかけられた時のことを思い出した。  僕たちは、友達。  でも、ただの友達ではない。  僕と凛の出会いには、出会いを仕組んだ張本人は謎に満ちている。  今、少しだけわかったかもしれない。  僕にとって凛は。 「・・・・・・その通りかもね」 「え?」 「確かに、ただの友達ではないかも」 「と、いうと?」 「彼女は、僕になくてはならない存在なんだと思う」  喧騒が遠のいていく。発した言葉が、体を駆け巡って、やがて腑に落ちた。 「とても素敵な言葉だけど、樹君。わからないことばっかりだよ」  そうだろう。仕方のないことだ。聡明な白木さんも、こればかりはわからない。彼女は僕の体に流れる血液の半分が、バナナオレだということを知らないのだから。 「ごめん。でも、それ以上言い表せないよ。満足はしてもらえないかも」 「うーん。そうだね。仕方ないよ、二人のことだもん」  白木さんは細くて長い指をしなやかに動かして、カップを持ち上げ、コーヒーを一口飲んだ。絵になるのは君の方だろうねと、言おうか迷ってやめた。 「樹君の思いはわかった。次は、凛ちゃんに訊きたいな」  切れ長の目を細めて、白木さんはにっこり笑う。なぜだか少し寒気がした。 「ぜひ、訊いてみて」  きっと、僕と同じく答えてくれるんじゃないだろうか。いや、そうに決まってる。だって、願望を叶えるために僕が必要なんだから。  心の中でにやりと笑った僕をひっぱたくみたいに、急にテーブルがガタガタと音を立てた。乗せていた左手に振動が伝い、僕は驚いてコーヒーを置く。どうやら僕の携帯がなっているようだった。 「どうぞ」  バイト先からだろうかと携帯を手にとって確認する。僕は表示された名前に目を瞠る。凛だった。 「もしかして・・・・・・凛ちゃん?」 「え、あ、うん」  頷いて、出ようとした瞬間、ぱたりと振動が止んだ。 「ええ」  なんだったんだと、僕は少しだけ苛立った。 「間違いかな」  白木さんは楽しそうに笑った。 「どうだろうね。凛はたまにこういうことするんだ。意味のないことを」 「あら、意味なくなんてないんじゃない」 「え?」 「すべてのことには意味があるんだよ」  それはまた随分と話が飛躍しているような気がして、白木さんもそういうことを言うんだと心の中でくすりと笑った。けれど、白木さんは至って真面目な様子だった。 「そうなのかな」 「うん。これは私の持論、というか経験論? だからきっと、凛ちゃんが今電話をしてきたのにも意味があるよ」  そう言われると、なんだか気になってきしてしまう。 「うーん」 「だからさ、樹君」 「うん?」 「こっちから、かけなおそうよ!」  意外に執着心が強いらしい。おもちゃが欲しくてたまらない子供みたいだった。 「えー」 「お願いっ!」 「うーん・・・・・・まあ、仕方ない」  僕はため息をついて、凛に電話をかけた。出なくてもいいな、なんて思ってると、ほら、出てしまった。 「はいはーい、なに」 「なにって、君がかけてきたんじゃないか」 「あー、ごめん。操作ミス」 「ま、そんなことだろうと思ったよ。じゃ、切るから」 「うん、私も斬ってくる」 「はいはい」  僕はつい笑ってしまった。凛はきっと満足そうな顔をしているだろう。  僕は電話を切って携帯をポケットにしまう。すると白木さんがまた身を乗り出してきた。 「ねえねえ、どうだった!」 「操作ミスだってさ」 「ふーん」  いぶかしげな視線を向けられるけれど、今回に関しては嘘もごまかしもない。 「ま、今回はそういうことにしておいてあげようかな。でも、いつか、本心をあぶりだしてやるんだから・・・・・・」  なにを言っているんだろう、この人は。  ※ 「樹! ちょっとどうなってるの!」  時刻は夜の10時、黒い手記を眺めていた僕の元へ、凛から抗議の電話が届いた。なぜ彼女が怒っているのかは、察しが付く。僕が昨日、いわゆるファミレスで白木さんに凛の連絡先を教えてしまったからだろう。 「だって、知りたいっていうから」 「だからって教えないでよ!」  どうやら僕の予想は的中していたようだ。 「昨日勝手な行動したから、お返し」 「野蛮人め。言ったでしょ、わたし、樹意外と交友広げる気ないって」 「基本的にって、ことにしたら」 「勝手なことを」  ただ一点予想に反して、凛はなかなか納得してくれなかった。それに本当に怒っているようだった。  どうしてそこまで頑なに拒絶するのかわからなかった。確かに勝手なことをしたけれど、言った通りお互い様だ。それに、誰かれ構わずに教えるわけじゃない。白木さんがだから、教えたんだ。   「悪かったよ。でも、良い人だよ。理恵子さんとだって、今はもう打ち解けてるでしょ」 「そういう問題じゃないんだよ。樹はわかってないなあ」 「なにを」 「・・・・・・・もういい」  電話を切られた。全く納得がいかず、時間が経つに連れて、だんだんと腹が立ってきた。気分が損なわれて、僕はさっさと眠ることにした。  ※ 「樹君、はい。これありがとう」  返されたのは、僕が貸していた推理小説だった。 「もう読んだの?」 「うん、とても面白かったよ、とくにね」  白木さんは注文もそっちのけで感想を事細かに話し始めた。あまりの熱量に気圧されつつも、僕は素直に嬉しかった。 「気に入ってもらえたみたいで、よかった」 「うん、最高だった」  僕と白木さんは一週間後、再び同じファミレスを訪れていた。白木さんの方から呼び出された。その理由の一つは、小説の感想を語りたかったからだろう。  一週間前と同じく僕たちはそれぞれコーヒーを頼み、届くまでの間、講義やゼミの話をして待った。 「そうそう、樹君」 「ん?」 「昨日わたし、ついに凛ちゃんと一時間くらい話したんだよっ!」  僕はコーヒーを運ぶ手を止めた。 「そ、そう。よかったね」 「凛ちゃんって、正式に呼ぶことも許可されたし、今度二人で遊ぼうっていったら、非常に前向きに検討しますって言ってくれたの!」  それは遠回しに断られているんじゃないかという、余計極まりない一言が口から飛び出す前に、全力でたたき割った。 「へえ、よかった。紹介したかいがあったなあ」 「・・・・・・ねえ、樹君。なんか変」  鋭い。というより、僕がわかりやすいんだろうか。 「そんなこと・・・・・・」 「もしかして、凛ちゃん?」  続けて、鋭い。僕は思わず顔を上げてはっとした。無言のうちに自白してしまったと、迂闊さに呆れる。 「なにか、あった?」  とても不安そうな白木さんに、隠しておく方が酷だろうと結論付けた。慎重に言葉を選んで、僕は事情を説明することにした。 「わたしの・・・・・・せいだよね」  消え入りそうな声で、白木さんは言う。どれだけ僕が言葉を取り繕うとも、聡明で善人の白木さんならショックを受けるだろうことはわかっていた。 「いや、ちがうよ。僕は勝手に教えたからだよ。ちゃんと白木さんのことを話してから、伝えるべきだった」  と、凛にも言えたらいいんだろうな。 「でも・・・・・・」 「そもそも、なんでそんなに閉じこもりたいか理由がわからないよ。きっと変に面倒くさがってるだけ。あいつだって、おかしい」  とは、絶対に言わないほうがいいんだろうな。第一、誰が言ってるんだって話だ。僕だって初めは白木さんを紹介するなんてお節介だと思っていた。話すうちに僕の気が変わったという事実は、凛にとってまるで関係のないことだ。 「それも全部、意味があるんだよ。凛ちゃんが、人を避けようとする理由も」 「でも、今回の場合はシンプルでしょ。ただの人見知り」 「どうだろうね。結局、本心なんてその人を信じることでしか得られないものなんだから、わからないよ」  いちいち白木さんの言葉は僕の心と自信を揺らす。 「それは」 「だから、私が言えた義理じゃないんだけど、ちゃんとさ、訊いてみてあげてほしい」 「・・・・・・前向きに検討しておく」  すべてのことには意味がある。白木さんがこれまでの人生で得た思想。  もし、本当にそうなら、僕は凛と。  その晩、僕は携帯と30分以上にらめっこをした挙句、とうとう覚悟を決めて、凛に電話をかけた。出なくてもいいし、出てほしくもあった。  昼間、偉そうに凛に対しての文句を言ったけれど、僕だって人付き合いが苦手だ。友人といえる相手なんて、凛くらいのものだ。白木さんは、そんな僕でもまともにやり取りできる相手だ。だから、少なくともあんなに怒られる理由はないだろう。  いや、そうじゃない。  僕は渦巻く怒りをなんとか鎮める。僕にだって明らかな非がある。成績優秀、容姿端麗な白木さんによれば、すべてのことには意味がある。大なり小なり、必ず。 「・・・・・・もしもし」  あれこれと考えていたから、不意に耳に飛び込んできた凛の声に僕は体を震わせた。 「あ・・・・・・もしもし」 「どうしたの」  平坦な声。様子が想像つかない。僕は一度唾を飲み込んだ。 「その・・・・・・悪かったよ」  凛は何も言わない。僕は続けることにした。 「君に一言、確認とってからにすべきだったよね。ごめん」 「・・・・・・わたしも」  ぽつりと、声がした。感情が、そこにはあった。 「わたしも、なんか、ごめん」  少し沈黙があって、僕はおかしくて笑った。 「な、なんで笑うんだよー」 「いや、なんかごめんって。真面目に言葉を用意してた僕が馬鹿みたいだなって」 「いや、それは、うん。とにかく、ごめん」  一応仲直りできたのだろうか。そもそも僕たちは喧嘩していたのか。でも友情に喧嘩はつきものだと誰かが言っていた。なら僕たちはちゃんと友達で、友達らしい時を過ごせているということになるのだろうか。 「あ、そうだ。それでさ、凛」 「なに?」 「どうして、僕以外の人とかかわりを持とうとしないの」  はっきりと、まっすぐに疑問をぶつけた。また、声がしなくなった。明日の予定を尋ねるように軽い気持ちで言ってしまったけれど、沈黙の内、もっと慎重になるべきだったのではないかという不安が起こる。 「・・・・・・だって、決まってるじゃん」 「えっと、なにが?」 「・・・・・・樹と、過ごす時間が減るじゃん」  凛の声は震えていた。それが耳から入って頭を駆け回り、胸のあたりまで落ちてくると、なぜか僕の手も震え出した。 「あの、それって・・・・・・どういう」 「言葉のままの意味だよ」  息が詰まって苦しかった。何からどう手を付けたものかわからず、僕は黙り込んだ。 「安心して。白木さん良い人なんだろうっていうのはわかるし、無視したりなんかしないから」 「え、あ、うん」  そうじゃない。僕がいま知りたいことはそういうことじゃなくて。 「樹のお節介はいつものことだしねえ。今回もそれの一環ってことで」 「失礼だな」 「でも、それもさ」 「いつものこと、ね」 「そーそー」  凛にその気があったのかは知らないけれど、はぐらかされてしまった。でも、これでいいやという気がした。  「そっか。仲直りできたんだね・・・・・・よかった」  少し涙ぐんでいるような声が、携帯越しに聞こえてくる。  僕は凛との会話を終えた後、すぐに白木さんに報告をすることにした。   「うん、ありがとう。白木さんのおかげだよ」 「ううん。わたしはなんにもしてないよ」  お礼を受け取ってくれそうにはないので、代わりに朗報を届けようと、凛が言っていたことをそのまま伝えた。白木さんは狂喜乱舞、というと少し言いすぎだけれど、とても嬉しそうだった。 「あ、そうだ。それで、凛ちゃんが人付き合いを避ける理由、わかった?」 「あー、そのことなんだけど」 「うん」 「白木さんには悪いんだけど、秘密」 「ええ!」 「今度、凛から直接聞いてよ」  僕もまたいつか、本人に問いただしてみることにしよう。

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