蛮神
同居生活

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三人は、今朝耀が雫とともに逃げ出したあのマンションに戻ってきた。東京での拠点として用意されている住居の一つだという。駅前一等地にあるマンション、しかも広々としている。こんな拠点をいくつも用意しているとなれば、さぞ金がかかるだろう。 「おまえらの言う『村』とか『長老会』って、そんなに金持ちなのか」  耀が何気なくそう言えば、静彦は少し目を見開いて、耀と雫を見比べた。雫は気まずそうに目を逸らす。 「姫様。なんの説明もしていないんですか」 「……聞かれなかったから、つい……」 「ついじゃない! おまえも、そんなことも知らずに巻き込まれるやつがあるか!」  耀まで説教を食らってしまったが、静彦は律儀に説明してくれる。 「俺達の住む光吉みつよし村は、古くから姫神様の御加護で繁栄し、国の政にも影ながら関わってきた存在だ。姫神様は数十年に一度目覚められ、村の幼い子どもを依代として選ぶ。今は雫──姫様がその依代だ。そして、従神じゅうしんとして『水神』と『蛮神』がいる。『水神』は分かるな?水の神だ。『水神』の力は代々村長の血統に受け継がれ、今は俺が継いでいる。そして、『蛮神』については器となれる者が途絶えて久しく、詳しくはわからん。──が、古い記録を読むに、『蛮神』の器となれる者には共通点がある。どいつもこいつも戦闘狂、はた迷惑な乱暴者だったそうだ」  そう言って、静彦はギロリと耀を睨んだ。耀は肩をすくめる。 「もう、静彦ったら。そう思って、乱暴者を集めて『蛮神』の器にしようとしたけど、うまくいかなかったんじゃない。──それに、耀はまだ完全には『蛮神』の力を使えていないみたい。なにか他にも条件があるんだと思う」 「俺としては、このまま適合できずにいてくれることを願っている。神降ろしなんて、よそ者の一般人がしていいものじゃない」  田舎者のくせに選民思想に溢れたやつだ、と耀はげんなりする。静彦はじろりと耀を見た。 「おまえ。まさかとは思うが、神降ろしがどんなものかくらいは説明を受けているんだろうな」  耀は雫を見やる。雫はパチパチと瞬きを繰り返してコクコクと頷く。『口裏を合わせろ』ということだと理解して、耀も頷いた。これ以上の説教はごめんだ。 「──どのみち、長老会の決定なら俺が口を出せることじゃない。さあ、話を戻そう。当面は、あの学校にいるはずの鬼のことだな」 「うん。耀が集めてくれた情報、静彦はどう思う?」 「確かに怪しいと思います。校門前で張っていれば憑かれた人間が校門を通るでしょうが、人の身体に隠れた状態では判別が難しいですね。まずは校内に潜入するとして、校内で騒ぎを起こすようなら見つけられるでしょうが、問題は校内では大人しくして、帰宅後に暴れているケースですが……」 「それは大丈夫。あんなに鬼の気配が濃いんだもの。校内でなにかしているはずだよ」  耀は首をかしげる。 「潜入って、俺と静彦はいいだろうけど、雫はどうすんだよ」 「おまえ、姫様を呼び捨てに……ていうか俺も……いや、もういい。話が進まん。あの学校は小中高のエスカレーター式だ。姫様には小等部の方を探ってもらう。長老会が手を回して二、三日中に転校の手続きをすませる。幸い私服校だ、制服の仕立ても不要だ。──いいか、怪しまれたり、目立つような行為は絶対にするなよ」  耀は頷いたが、静彦と雫を交互に見やり、胡乱な目を向けずにはいられなかった。 「分かった。──が、一つだけ確認したい」 「なんだ」 「一応聞いておくが、おまえら、普通の服は持っているんだろうな」  雫と静彦は、きょとんとした顔を返してきた。 「普通──って、これは振り袖でも訪問着でもない、普段用の小紋だけど?」 「俺も、これが普段着だが」  耀はしばし頭を抱えて唸り、そして顔を上げて怒鳴った。 「思いっきり目立つんだよ! おい、服を買いに行くぞ!」  デパートの鏡の前、雫はくるりと回転し、赤いスカートの裾を翻した。白いフリルのブラウスが爽やかだ。 「ねぇ、耀、静彦。これ似合う?」 「……あー、似合う、似合う」 「……お似合いです」  耀と静彦はぐったりと答えた。雫は頬を膨らませ、 「もぅ、やる気がない!」  と拗ねる。が、もう小一時間こうしている。少年二人が疲れ切っても仕方あるまい。  静彦は、耀が適当に選んで押し付けたTシャツとジーンズを着ているが、美形故に何を着てもファッション誌から抜け出てきたようになるのがなんだかむかつく。 「まぁ、いいわ。これと、これと、これ──全部買う。静彦」 「はい」  静彦が財布を取り出す。  レジの机の上に山積みにされている服の数々。幼いうちからこんな贅沢はいかがなものか、とも思うが、これ以上、ああでもない、こうでもないと付き合わされるのはたまらない。さっさと終わらせてしまいたかった。  店員は高額な買い物をする少年たちに怪訝そうな様子を隠せていなかったが、何も言わず、商品を梱包する。雫が着ていた和服は丁寧に畳まれて紙袋に入れられ、雫は代わりに、フードのついた薄桃色のパーカーと、白いフレアスカートを身につけて、スニーカーを履いた足で、鏡の前でステップを踏み、うふふ、と笑った。 「楽しいな。お洋服って初めて」  はにかんだその笑顔はただの少女に見えて、耀は妹を思い浮かべた。 「……じゃ、帰るぞ。その前に夕飯の買い出しだな」  そう言う耀の服の裾を、雫がくいくいと引っ張った。 「耀、私、『まっくのはんばぁがぁ』って食べてみたい」  母の理恵は栄養に気を使う性質たちで、耀にとって、マックは夕飯に食べるものではなかった。が、キラキラと期待に輝くこの瞳を無視できるだろうか。  静彦を見やると、気まずそうに目をそらされた。組んだ腕の先、そわそわと手を動かす様子からして、もしやこいつもちょっと期待しているのだろうか。 「栄養が偏る。今日だけだからな。」  雫は耀の手を取り、きゃっきゃと飛び跳ねた。  散々だ。ああ、散々だった。『セルフサービス』の意味を解さない二人が席から店員を呼びつけようとするのを止め、ハンバーガーの尻からソースをボタボタ落とすのを拭いてやり、雫が明日の朝食用にまでハンバーガーをテイクアウトしようとするのを止めて、スーパーで食材と鍋、フライパンを買って帰った。  翌朝、米を炊こうとしたら、なんと炊飯器がない。しょうがなくフライパンで米を炊き、鍋で豆腐の味噌汁を作り、魚焼きグリルで鮭を焼く。  静彦にも手伝わせようとしたが、煮えたぎる味噌汁を、何やら哲学的な表情で腕組みしながらただ見つめていたので、早々に戦力外認定した。  雫は楽しげに皿や箸を食卓に運んでいたが、明らかになにかのごっこ遊びだと思っているようだ。  ──こいつら、生活能力がまるでない。  そう判断付けるのには時間はかからなかった。  そういう耀は、そういった面では厳しかった母から家事一切を躾けられている。当面、耀が家事を担当するしかなかろうと、耀はため息をついて、朝食の食卓についた。 「いただきます」 「いただきます」  雫と静彦は両手を合わせ、声を揃える。綺麗な箸使いで鮭をつまみ、味噌汁を啜る。 「……うまい」  静彦が驚いたようにそう言った。 「耀、お料理上手」  雫が笑う。 「……まぁ、普通だろ、このくらい。雫はともかく、静彦ができなさすぎなんだよ。家庭科の授業もなかったのかよ、おまえらの村」 「そもそも学校がない。俺はずっと、オンライン授業で家庭教師に教わっていた」 「えっ、マジ!?」  耀は目を丸くする。想像もつかない世界だ。静彦は神妙な顔で朝食を見下ろしている。 「覚えるように、努力する。それまでは世話になる。──ありがとう、本当に美味しい」  そう言う静彦は、やけに幼く見える。喧嘩を売ったつもりはあっても、礼を言われるとは思っていなかった耀は動揺して目を泳がせた。  開け放たれたカーテンの向こうから陽光が差し込んで、奇妙な同居人達の食卓を明るく照らしている。  なんだか悪くないような気がして、そんな自分に驚いた。

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