蛮神
藤浪学園

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 静彦は苦虫を噛み潰したような顔で、藤堂家を出た。  あらかじめ学生証で控えておいた耀の住所を訪ねて来たはいいが、まさか『耀くんの友人です』と名乗った途端耀の母が眉を吊り上げ、『耀はいません!』と猛烈な勢いで拒絶するとは思っていなかった。  結局、家に入れてもらうまでには少々『力』の世話にならなければならなかった。それでも、すでに鬼の痕跡も二人の姿もなかった。残留する雫と『蛮神』の力の痕跡からして、まだ遠くには行っていなさそうなのが救いだ。  結局はさんざん理恵の愚痴を聞かされる羽目になり、ようやく解放された静彦は、深くため息をついた。  その時、着物の袂で、軽快な音楽とともにスマートフォンが震えた。 「はい、静彦です。姫様と『蛮神』は現在追跡中で……え?」  静彦は目を見開いた。  その頃、耀と雫は、ファミレスのボックス席に呼び出したヒロカと対峙していた。耀のおごりのチョコパフェを前にしたヒロカに、耀は頭を下げる。 「……というわけで、お前の力を借りたい」 「どういうわけよ? さっぱりわからないんだけど」  事情は話せないがこの幼女の従者となることにしたので力を貸せ、と言われてわけがわかる人間はいないだろう。今日は胸元の大きく開いたタンクトップにデニムのジャケット、ホットパンツという、相変わらず寒そうな格好でおしゃれに決めているヒロカは、実に不審げな様子で、耀と雫を交互に見ている。さすがに幼女性愛や誘拐の疑いをかけられているわけではない──と思いたい。  雫は雫で、耀の隣でクリームソーダにブクブクと息を吹き込んで足をブラブラさせながら、そんなヒロカをジト目で見ている。行儀が悪いので肘で小突いてやったら、ストローに息を吹き込むのはやめたが、先程から一言も口を開かず、耀に身を寄せるその様子からは、ヒロカを警戒している事がわかる。 「おまえ、SNSでの人脈広いだろ」 「言っても広く浅くだし、リアル人間関係は壊滅的だけどね。私、基本不登校のヒッキーだし」  ヒロカは気にした風もなく言う。 「おまえの行ってる藤浪ふじなみ学園で、様子のおかしい生徒とか、噂を聞いたことないかい? ──たとえば急に感情のコントロールができなくなって、荒れ始めたような」 「んー」  ヒロカはなにもないところに目線をうろつかせる。一見不真面目な態度だが、これがヒロカが真剣に考え事をしている時の癖なのだと耀は知っている。  そう、ヒロカの在籍する藤浪学園。小中高エスカレーター式の、金のかかる私立学校だが、それが、雫が強力な鬼の存在を感知した場所だという。  やがてヒロカは口を開いた。 「そう言う噂は、ない。でも、ないのがおかしい、って感じかな」 「どういうことだ?」 「いくら藤浪学園うちがのんきなお坊っちゃん&お嬢様学校でも、それなりに、校内暴力とかいじめとかあったんだよ。それが、去年あたりかな。ぱったりなくなっちゃったの。それもね、おかしいの。そういうことをしてた加害者の方が、学園からいなくなったんだよ」 「……おかしい、というか」  本来、暴力やいじめで罰せられるべきは加害者の方だ。被害者の方が学校を立ち去るほうが、本当はおかしい。だが、現実には、被害者が逃げなければならないことの方が圧倒的に多い。 「そんでぇ、噂では……学園からいなくなる前、加害者連中はみんな、『事故』で怪我したり病気になったりしてて、そんで──妙に怯えた様子だったって」  耀は雫と顔を見合わせる。二人の意思は一致していた。怪しい、と。 「……というわけで、張り込みか」 「鬼がいるとしたら、いずれ校門を通るはず」  耀と雫は、二駅先にある藤浪学園の校門前に来ていた。『藤浪学園前』というバス停があり、二人はそこのベンチで座っている。春とはいえ昼の陽気は暑く、耀は雫に自販機でお茶を買ってやった。ジュースがいい、とごねられたが、さっきクリームソーダを飲んだばかりだろう、と耀は譲らない。ちなみにヒロカは、耀が無理やり帰した。危ないし、ヒロカがいると雫の機嫌が悪いのだ。 「……で、ここに鬼がいるとして、そいつがおまえの探しものを持っているのか?」 「分からない。でも、強い鬼の気配がする。……姫神様の探している宝珠は、『有楽うら』という鬼が持っているの。有楽は強い鬼で、他の鬼たちを使って人間で遊ぶ。強い鬼ほど、有楽に近い。だから、強い鬼を探していれば、いつか有楽にたどり着くはず」 「気の長い話だな、おい。……ま、俺は良いけど。見つからなければ見つからないで、それだけ強い鬼とたくさん戦えるわけだ」  耀はニヤっと笑って、右の拳と左の掌を強く叩き合わせた。雫はそんな耀を呆れたように見やる。 「しっかし、授業が終わるまでここでこうしているのは暇だな……お、誰か出てきたみたいだぞ」  耀は校門から出てくる一人の生徒を見咎めた。改造制服に金髪、見るからに不良といった生徒だ。授業をサボって帰るところと思われた。見るからに、『加害者』の側にいそうな少年だ。  耀は立ち上がる。 「ちょっと行ってくる」 「え、ちょ、耀?」  雫は慌てるが、耀は気にせず、ズカズカと少年に歩み寄る。 「おい、ちょっと聞かせてくれ」 「ああ? なんだよおまえ、いきなり」 「いいから。……おまえ、最近事故で怪我したり、病気とかしてねぇ?」 「は? してねぇし、なんでおまえにそんなこと言わなきゃいけねぇんだよ」  ピリ、とした空気が少年と耀の間に流れた。遠くで雫があわわと慌てている。そこに、教師と思しき年嵩の男が校舎の方からやって来た。 「おい、山田! それから……もう一人! そこで何やってる!」 「こいつがいきなり絡んできたんだよ。つーかこいつ多分、うちの生徒じゃねぇぜ」  山田と呼ばれた少年は、教師に向かって渋面を作る。教師は耀に向き直って、矯めつ眇めつする。 「君は誰だね。どこの学校だ? どうしてここに?」  面倒なことになった、と耀は口を引き結ぶ。ここはさっさと逃げておくのが得策か。  不意に、耀の背後から折り目正しい声がかけられた。 「僕たちは、来週からここに転校することになってるんです。今日は下見に来たのですが、お騒がせして申し訳ありませんでした」  振り向けばそこには静彦が立っていた。教師は、着物に袴姿の静彦を不審に思ったようだ。 「転校? こんな時期にか? そんな話は聞いていないが……」  次の瞬間、教師と静彦の目と目が合わされる。耀は、何かの圧が空気を震わせるのを感じた。 「……転校生です、先生」 「ああ……そうか……」  とたんに教師の目がぼんやりと虚ろになる。静彦は耀に向き直り、 「行くぞ」  と言った。山田がそんな二人を見比べて、 「おい、なんなんだよ、お前ら!」  と怒鳴るが、耀も静彦も、何も言わずにその場を離れた。雫がその後を小走りに追ってきた。 「おい、何やったんだよ、さっき」 「軽い幻術だ、害はない」 「へえ、……それ、俺にもできるのか?」 「俺の力は『水神すいじん』、水鏡は虚像を映す。が、『蛮神』の力についてはまだ分かっていないことが多い。できるかどうかは知らんな」 「ふぅん、よくわからんが、色々あるんだな。……で、おまえ、俺たちを連れ戻しに来たのか? それなら、人気のないところで再戦といくか」  耀は高揚に身体が熱くなるのを感じて、歯を剥いて笑う。鬼との戦いも悪くはないが、静彦は別格だ。なんなら人目など構わず、今すぐ戦いたかった。  静彦は、そんな耀を軽蔑したように横目で見やる。 「俺も貴様をぶちのめしてやりたいが、残念ながら違う。長老会は、『蛮神』の器との邂逅を受けて、考えを改められた。これから俺は姫様の補佐に就き、その意思を推す」 「ああ?」  耀は意味が分からず問い直すが、雫は喜色を露わにした。 「静彦! 手伝ってくれるの!?」 「……俺個人の考えとしては、決して賛成してはいません。それはご承知おきください」 「分かった。でも、あなたがいてくれて、すごく心強い。頼りにしてる、静彦」  言外に『おまえでは頼りにならない』と言われた気のする耀だが、先程の体たらくを考えたら文句も言えなかった。  静彦は横目で耀を見やる。 「お前のこともだ。俺は認めていないから、承知しておけ」 「おうよ。なんなら再戦するか」  期待を込めてそう言ったが、静彦は僅かに眉を上げただけで、さっさと歩き出してしまった。

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