ラブソングで描けない僕ら
Track3 「信濃町のデュエット」 4

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 僕は再び優璃の帽子を気にする。 「あのさ、優璃はどうして中日ドラゴンズの帽子を被っていることが多いの?」  すると、優璃は帽子を外して、ロゴをまじまじと見つめてから答えた。 「それは、私が中日のファンだから。こう見えても十年以上は応援しているんだ。最近は忙しくてほとんど見てないけど」 「優璃もお父さんの影響を受けたの? お父さんが中日のファンだったとか」 「ううん。お父さんもお母さんも野球は一切見なかったよ。中日に出会ったのは、たまたまだよ」  そして優璃はキャップを再び被って、「えっとね」と構成を考えるようにしながら話しだした。 「小学生の頃、私の友人が大の巨人ファンだったんだけど、ある日、その友達に『一緒に野球を観に行こう』と誘われたことがあったの。当時の私は野球のルールすら知らなくて、正直何が楽しいのかすらわからない状態だったけど、なんとなく断る気にもなれなくて、とりあえずついて行ったんだ。そうしたら、予想以上に面白かったの。そこで味わった東京ドームの熱気は圧巻で、今でも忘れられないな。初めて聞いた歓声とか、ボールがバットに当たる音とか、とにかく色々なことに鳥肌が立ったの。これが野球なのかって、小学生ながら一人で感動したのを覚えている。それで、その対戦相手がたまたま中日だったの。あの頃の中日は結構強くて、その日は巨人と接戦を繰り広げたんだ。まあ、最終的には巨人が勝ったんだけどね」 「なるほど。でも、今の話だと巨人ファンになりそうだけど」  僕の疑問に優璃も納得しているのか、「たしかにそうだよね」と言った。 「でもさ、実を言うと、私はあの頃からどこか捻くれていたんだよね。本来なら、感動して鳥肌が立った巨人のサポーターになればよかったのに、どうしてもそこには辿り着けなかった。私、小学校時代はずっと東京が嫌いだったの。ゴチャゴチャしていて空気が悪いし、どこかガサツな雰囲気がある。それで、小学生ながら大人になったら絶対に遠くへ行ってやるんだって、小学生にありがちな幼稚な決意をしていたんだ。どうせなら、こんな忙しない街よりも、もっと自然豊かな街に行きたいって本気で思っていたの。でも、そのときの私はまだ小学生だから、中日がどこにあるのかも知らなかった。ここで、私は大きな勘違いをしたの。きっと中日ドラゴンズは、自然豊かな田舎から遥々来ているチームなんだろうって。だとしたら、私の目指す場所は中日だろうと思ったんだ」  優璃は長い話を終えて、鞄に忍ばせていた紅茶を一口飲んだ。 「それで中日のキャップを買ったんだ」 「そういうこと。でも、のちに名古屋もかなりの都会だってことを知ったの。ちょっとショックだったけど、そのときには純粋に中日が好きになっていたから、後悔はなかった」 「その帽子にまさかそんなエピソードがあったなんて、知らなかったよ」  東京に生まれ、東京で育った少女は、小さい頃東京に嫌悪感を持っていた。そんなときに見た中日ドラゴンズの存在は、優璃にとっては新鮮に映ったのだろう。 「今ではすっかりBクラスが定位置になっちゃったからさ。もう少し強くなってほしいなと思うけど」 「中日も、優璃を引き寄せた頃の輝きを取り戻すといいね」 「ほんと、頑張ってほしいよ」  帰ろうか、さすがに暗くなってきたし。そう言って優璃は立ち上がると、また大きく伸びをしてから歩き出した。僕もまた、優璃のことを知れた喜びを胸に秘めて、優璃の後をゆっくりと歩いた。

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