ラブソングで描けない僕ら
Track3 「信濃町のデュエット」 5

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「毎回この家に帰ってくると思うことがあるんだ」 「何?」  家に帰ってくるなり、優璃は広々としたリビングを見て呟いた。白を基調とした部屋の中には、ガラス製のテーブルが中央にあり、それを囲うようにして革製の黒いソファがある。壁に聳え立つように北欧風の棚が設置されていて、優璃が好きなレコードや小物、優璃のインタビューが載っている雑誌や、優璃のCDがきれいに整頓されて置かれている。 「一人暮らしするには広すぎて寂しくなるけど、洸がいれば安心ってこと」  今日の優璃は僕を大いに揺さぶってくる。わざとなのか。いや、そんなわけない。だから僕は苦笑いをする。  「それはありがたい言葉だよ。それに、優璃は料理できないからね」  僕が調子に乗ってチクリと針を刺すように言うと、優璃は「全くね」と呆気なく認めた。 「まあ、今更覚える気も毛頭ないけど」 「いや、少しくらい覚えた方がいいと思うけどね。料理はできた方が得するよ。男女関係なくさ」  しかし、優璃は拒絶するように頑なに首を振った。 「ダメだよ。私に料理はできない」 「どうして?」 「私ね、包丁を握るとその手がフルフル震えちゃうんだ。それに、そもそも野菜の皮むきができないから、ろくに野菜も切ることができないの。だから小学校の家庭科実習なんて悲惨だった」 「皮むきなら、この間新しいピーラーを買ったから、それで簡単に皮を剥くことができるはずだよ。あとは練習して慣れたら誰だってできるようになる」  しかし、優璃は冷蔵庫に入っていた市販のエクレアを開封して、口に咥えながら「やだ」と子供みたいな否定をした。 「いいの。私は、洸の料理で十分なの」 「そっか。それならいいけど。僕は料理することが好きだから」 「さすがキッチンで働いているだけあるね」 「まあね」  冬の空は日が暮れるのが早いから、すぐさま闇に包まれてしまう。そして明日にならないと光は訪れない。僕は二人分の飲み物を持ってリビングで黒い革のソファに腰を下ろし、ぼうっと窓の外に見える空を眺める。優璃は寒いのか、電気ストーブのスイッチを入れる。黄色とオレンジ色が混じったような明るい色の光が、僕らに暖を与えてくれる。 「もう冬なんだね。この間まで半袖でもいられたのに」 「最近の日本には秋がないからね。猛暑から酷寒に変わるのがあっという間だよ」 「私、秋が一番好きなんだけどな」  優璃が恵みの光に手を当てながら言った。 「読書の秋、食欲の秋、スポーツの秋。それに、音楽の秋。秋って人間が一番欲望に応じた活動できる時間だから」 「たしかに、秋は一番愉快な季節かもしれないね」 「私、そういえば今年栗を食べていないんだ」 「僕も食べていないな。去年は二人で栗拾いまで行ったのに」  昨年は優璃の思いつきで、一泊二日で栗を拾いに山奥まで行った。栗を包むイガと苦闘した思い出も、二人でたくさんの栗が取れて喜んだ思い出も、今となっては全て懐かしく愛おしい記憶として脳に刻み込まれている。 「私がめっちゃ栗を食べたいってわがまま言ったことがきっかけだったけど、結局洸に任せっぱなしだったね」 「でも、あのとき食べた栗ご飯はとびきり美味しかったよ。苦労して栗拾いした価値があった」 「今年はもう行けそうにないけど、来年は絶対栗拾い行こうね」 「そうだね」  優璃はまだ部屋が冷えていたから、手元にあったリモコンを操作してエアコンをつけた。機械音とともに、暖かい空気が部屋に流れ込んでくる。ずっと浴びていると電車の中みたく眠くなってしまいそうだ。

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