僕らは二人の温かい住処に帰るために、駅がある方向へと歩く。駅が近くにつれ、集うようにだんだんと人が多くなってくる。いつしか傘同士がぶつかって、僕は思わず傘をしぼめながら歩いてしまう。 「ねえ」 人が溢れる中、優璃が僕に声をかけてきた。 「ん?」 「一つの傘に二人で入ろうよ」 僕は一瞬、心がドキッとした気がした。そして、急に頬がボワッと熱くなってしまった。一緒に傘に入るシチュエーションが、優璃を「恋人」として意識してしまいそうになる。 しかし優璃は続けて、 「その方がスペースに余裕があるでしょう」 と環境に合わせた対応をするべきだといった当たり前のことを言ってきたので、僕の気持ちの昂りはスッと冷めた。 「僕の傘のほうがちょっとだけ大きいから、こっちに入ってよ」 「わかった。よいしょっと」 僕より少しだけ小さい優璃の華奢な身体が僕の傘の中に入るが、一つの傘に二人が入るのは狭く、自然と体が密着する。 「なんか、こういうの久しぶりだね」 優璃がいつもより小声で僕に囁く。僕は優璃の吐息に酔ってしまいそうになるが、懸命に冷静さを保つ。 「うん、そうだね」 それでも僕はいつもより声が上ずってしまう。自然と、意識が優璃の方へと向かってしまう。 「狭くない?」 僕はつい余計なことを聞いてしまう。悪い癖だった。 「狭くないよ。それに、この方が温かいからさ」 やがて、優璃は僕の左腕に密着する。体温を共有するように、僕らは一つになる。 「それはよかったよ」 傘は奇跡を生む。そして、恋を生む。先ほどのカフェで聞いた優璃の言葉が、僕の頭を何度も反芻していく。そしてその恋はやがて愛に結びつく。優璃は繊細で胸がキュンとする歌詞を書いて、世間に夢や希望を与えている。 でも、僕らの場合はどうなんだろう。僕と優璃は、この傘で奇跡を生むのだろうか。僕はつい余計なことを考えてしまう。これも悪い癖だった。 優璃に買ってもらった缶コーヒーは、この街に吹く木枯らしのせいですっかり冷めてしまっていた。 優璃、曲メモ「相合い傘」 渋谷に降り頻る雨に 君は曇った、ため息吐くけど 僕が持ってる 大きな傘に 身体を寄せて 温かい気持ち 冷たい空気の中で 光を放つ自動販売機で 僕はコーヒー 君はカフェラテ ホットなドリンク 温かい心 空はどんより悲しい気持ち 涙が溢れて街を濡らす だけど僕らはバリアを張って 虹がかかるのを夢見て歩く 相合傘で一緒に帰ろう 交差点でスキップをしよう 手を取り合って笑顔でいよう 僕らに怖いものなんてないから
コメントはまだありません