ラブソングで描けない僕ら
Track4「ハトが立つ浅草で」 3

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 僕らは立派な浅草寺本堂を横切って三峯神社を横目に、レトロで古き良き日本を表した風情ある建物が並ぶ通りへと抜ける。「〜屋」といった名前を見るのは新鮮だった。さらに少し歩くと、一つの大きな門に辿り着いた。そこには『浅草 花やしき』と書かれた看板があり、僕らを見下ろすような威風さがあった。 「花やしきですか」 「そう。君は来たことある?」 「いや、名前は聞いたことがありますけど、実際に来たことはないですね」  花やしきは歴史ある遊園地だ。僕も名前は知っていたが、てっきり子供向けだと思っていたからわざわざ行きたいと思ったことがなかった。 「ここまで来て改めて言うことじゃない気がするけど、これから暇ってことでいいんだよね?」  たしかに僕の用事は消滅し(実はもともとなかった)、今日はこれから何もなかった。でもまさか、僕が興味本位で声をかけた不思議な女性から遊園地に誘われるとは予想もしなかった。それも、僕の真髄を惑わすような瞳を持つ女性から。  総合的に考えても、僕はこの誘いを断る理由がなかった。 「まあ、暇ですけど」  すると、彼女は僕にグーサインを出してニカっと笑んだ。 「よし、じゃあ入ろう」 「は、はい」  チケット代は私が出すから、と彼女は二人分の入場券のチケットを買ってくれた。僕が礼を言うと、彼女は 「いいよ」と頼もしい声で言った。 「それに、これは私のわがままだからさ」  中にはいかにも子供が好んで乗るような、ゆっくりと水を切りながら廻っているスワンがあった。塗装された白鳥の顔は時代から取り残されたように怖い顔をしている。それから、ガタガタと奇妙な音がするので見上げてみると、ジェットコースターのレーンがすぐそこにあって、落ちてこないかと僕を不安にさせた。他にもノソノソと動く巨大なパンダの乗り物や、空を駆けるイメージで作られたと思われる乗り物、星の形をしたクルクルと回転するリトルスターと呼ばれる乗り物など様々な乗り物があったが、どれも確実に歴史を積み重ねているからか趣すら感じた。きっと昭和から今までの間で、たくさんの子供たちを喜ばせてきたのだろう。その由緒あるレトロな乗り物たちは、僕を穏やか気持ちにさせた。 「花やしきって風情あるでしょう」  彼女は園内をふらふらと歩き周りながら、場内にある乗り物や景色を眺め続けた。僕はしばらく彼女の後をついて周っていたが、早々に彼女の違和感に気がついていた。 「あの、乗り物には乗らないんですか?」  一向に乗ろうとしなかったから、思わず尋ねてしまった。僕は遊園地でなんてありえないことを聞いているのだろうか。不可解な疑問を尋ねることは、少し恥ずかしく躊躇いすらあった。  しかし、彼女は赤いレザージャケットのポケットに手を突っ込んだまま、僕を見て真面目な顔して答えた。 「うん。乗らないよ」  あまりにも動揺せずに真顔で答えるから、僕は耳を疑ってしまった。 「え、乗らないんですか?」 「うん。乗らないよ」  彼女は続けて話す。 「私が花やしきに来る理由、それはこの寂れた遊園地のなかで『恋』や『愛』を探すことだから」  僕は彼女の言葉をうまく飲み込むことができなかった。耳にはたしかにその言葉が入ってきているのだが、それ以降僕の脳へと届かなかった。恋や愛を探す? 彼女は一体何を言っているんだ? 僕の頭の中に真っ白なモヤがかかって、思考停止状態へと陥ってしまった。 「例えばさ、あそこ見てよ」  そんな僕に、彼女はメリーゴーランドに乗った子供を、外野から一生懸命撮っている両親を指差した。 「あの光景。一方では親子愛を見ることができるけど、もう一方では夫婦の愛が築かれている様子も見ることができる。つまり、メリーゴーランドが二つの愛を運んでくれている。見ていて微笑ましい光景だと思わない?」 「たしかに微笑ましいですけど」  子供が白馬に乗って回りながら楽しそうにはしゃぐ声と、それに反応して笑顔になりながら、ひたすら写真やらビデオを撮ることに夢中になる親たち。確かに、彼らがいる空間には小さな愛が育まれていて、それが幸福の膜となって包み込んでいるように見えた。 「さっき、シンガーソングライターをやっているって話をしたでしょう。私、ここへ来るとこうやっていつも周りを見渡して、何か素敵な世界が広がっていないかって探すんだ。私が欲している歌ってさ、実はこういう身近なところにあったりするの。偶然ああいう場面に出会うことができると、底から自然と歌詞が浮かんできて、メロディも奏でることができて、まるで連鎖するように歌が生まれてくるんだ」  そして彼女は右胸のポケットからメモを取り出して、ボールペンで何やら文字を書き始めた。 「メリーゴーランド。今日は何か書けそうな気がする」 「それは、イメージをメモしているんですか?」  僕が訊くと、彼女は深くうなずいた。 「あそこにいる夫婦の笑顔、そこに陽が差す角度。なんだろう、あの眩い輝き。そのまま、手を繋いでくれたらいいのにって思っちゃう」  僕はこのときからすでに、彼女が作り出していく世界にハマり込んでいた。たったこれっぽっちの時間しか一緒にいないのに、僕はもっと彼女と一緒にいたいとすら思えてしまっていた。波打ち際で頬を撫でるように吹くやわらかい風を浴びているような居心地の良さを覚え、胸の奥底から湧き上がる熱さを愛おしく思った。 「そうですね。あの二人が、そして子供も含めて幸せな愛を築けるといいですね」

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