ラブソングで描けない僕ら
Track2「恋と傘と缶コーヒー」 1

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 「傘は天から降り注ぐ雨から身体を守るものとして使われている。濡れたら風邪ひいちゃうから。なんて話じ ゃなくて、傘はもちろん雨を防ぐけど、実はその延長上でちょっとした奇跡を生んだりするの。  例えば、洸。高校時代を思い出してみてよ。やけに開放的な昇降口とか、床に散らばった砂利とか、無機質なロッカーが連なっている学校の玄関。あそこから見た景色、想像してみてね。  ある日男の子が学校から家へ帰ろうとしたら、外は地面に水溜りができるほどの土砂降りが降っていて、とても傘無しでは帰ることができなかった。ああ、これは俗に言うゲリラ豪雨かもしれない。降り頻る水の槍は酷く冷たそうで、男の子はうんざりした。だけど家に帰ってベッドの上で寝たい。仕方なく男の子は傘をさして校内を出ようとした。  しかし、男の子はあることに気がついた。横を見ると、その男の子が前から気になっている女の子が、玄関でため息をついて項垂れるようにして空を見上げていたのだ。女の子の手元には、傘が無かった。早くこの雨が止まないかな、ずぶ濡れで帰りたくないよ。女の子はそんなことを思いながら、見えない壁を越えることができず立ち止まっているようだった。  男の子は想像力を働かせた。僕が気になっている女の子が困っているかもしれない。今まで話す機会は多くなかったけど、今なら一歩前に踏み出せるかもしれない。雨は止む様子がなく、むしろ勢いを増している。   これは、進むしかない。  男の子は、好きな女の子に思い切って言ってみた。『よかったら僕の傘に入ってもいいよ』って。女の子はびっくりした。知っている顔とはいえ、まさか自分に手を差し伸べてくれるとは思ってもみなかったから。  女の子は素直になった。彼の良心を受け入れて、『ありがとう』と言った。男の子は心底嬉しい気持ちになった。そして、雨に感謝しながら男の子は女の子を傘に入れ、二人はグッと近い距離で雨に濡れた世界を歩くの。それはローマの休日くらいロマンチックだよ。  それがきっかけで、二人は毎日話すようになる。些細な会話をして、足りないときは放課後一緒に帰りながら会話するの。麗しい時の流れに沿って、二人の距離はどんどん縮まっていく。最終的には、男の子が女の子に告白して、二人は恋人関係になるの。あの土砂降りの日に勇気を振り絞って傘に入れてあげたから、男の子は幸せになりましたとさ。  つまり傘だって恋が実るきっかけになるのよ。ほら、傘って素敵でしょう?」  

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