ラブソングで描けない僕ら
Track2「恋と傘と缶コーヒー」 2

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 優璃は渋谷のTSUTAYAの二階にあるスターバックスで温かいカフェラテを飲みながら、彼女のパステルカラーみたいに淡い妄想を僕に語ってくれた。僕は熱々のブラックコーヒーを息を吹き込んで冷まして飲みながら、優璃の甘い話に耳を傾けている。僕らみたいに向かい合って座る男女は数組いて、みんなが談笑している様を見ると、たしかに渋谷は刺激的な場所だと感じた。 「つまり優璃からしてみれば、どんな些細な物事でも恋や愛を生む力があるってことだね」 「そういうこと。例えばこのコーヒー、私の場合はカフェラテだけど、これだって恋愛要素満載で、わたしからすればきちんと意味があるアイテムなんだよ」 「なるほどね」  優璃は紙製のコーヒーカップを持ち上げて、ユラユラと揺らしてみせる。「例えばさ」優璃の空想は再び始まる。 「私がこの場所で一人でカフェラテを飲んでいたとして、偶然近くに男の人が座ったとする。私も男性もお一人様。だから気を遣わずに各々の時間をゆったり過ごせばいいはずだけど、私は私で、彼は彼でお互いの存在が気になってしまう」 「一目惚れみたいな感じ?」 「うん。だから二人はお互いの仕草をバレないように横目で見るの。私は男性がこめかみを指で掻く仕草に、男性は私が髪をかき分ける仕草に惹かれて、やはり意識し合ってしまう。そして男性から私に声をかけてくるの。もしよろしかったら相席いいですかって。私はもちろんイエスって答えるわ。二人は正面で向き合って、お互いの顔から身体から、舐め回すように見るの。そして、目が合って恥ずかしくなってコーヒーカップに手をつける。そのとき、私は思うでしょうね。このコーヒーカップを手にする選択肢を取らなかったら、つまりカフェに入らなかったら、さらに言えばこの席に座らなければ、私は彼と出会うことはなかっただろうなって」 「つまり、出会いのきっかけがコーヒーカップになり、それは運命だって言いたいわけだね」 「そう。二人でコーヒーを飲みながら、ちょっと会話をするだけで胸がいっぱいになるの。つまり、二人の恋の始まりってわけ。それって素敵だと思わない?」 「そうだね。本当に素敵なことだと思うよ」  街に転がる「恋」や「愛」を拾って語らせたら、優璃の右に出る人はいないと僕は思っている。優璃はいつも「恋」や「愛」について考えていて、どんな些細なことにも恋愛のアンテナを張り巡らせている。ここから優璃の歌詞たちは生まれてくるのだ。優璃は日常に潜む恋愛の種を見つけては、それを咲かせるために想像して、絵が浮かべばそれを文字に変換する。後はメロディに乗せるため言い回しなどを編集すれば、若者を虜にする立派な歌詞が誕生するわけだ。 「でも、そんなに上手くいくものかな?」  しかし、僕はいつでも現実的な考えが優ってしまうから、優璃の描く理想的な運命に共感することが難しかった。 「洸は深く考え過ぎだよ。それに、柔軟性に欠けているよ。特に恋愛に関しては」  優璃はコーヒーカップを持ったまま答える。僕は何も言えなかった。 「別にさ、一日で上手くいく必要なんてないのよ」  優璃は少しだけ冷めたカフェラテを飲んで、ホッと息をつく。そして僕に人差し指を立てて言った。 「恋を確実に実らせるには、その人と連絡先を交換できるような関係になって、交換できたら誘って、距離が縮まったらご飯でも行って深い話をするの。快速列車じゃなくていいの。恋は各駅停車で十分。いや、むしろ各駅停車で一歩ずつ進んだ方が実りやすいものなんだよ。急ぐ必要なんてない」 「つまり、粘り強く追い求めることが大事ってこと?」  僕が訊くと、優璃は「その通り」と答えた。 「あとは恋愛の神様が奇跡的に雨でも降らせてくれれば、私はその男性の傘に入れてもらって、小さな空間の中で二人きりの時間を過ごすこともできるかもね。そうしたらスムーズに距離が縮まるかもしれないけど」 「コーヒーに傘。二重で距離を縮めていく」 「恋愛の神様は、努力次第でいくらでも現れてくれるの。そして奇跡を起こしてくれるの。まるで魔法をかけられたみたいに二人は神秘的なベールに包まれて、あらゆる感覚が恋愛色に染まる。信じていれば救われる」 「恋愛の神様は偉大だね」 「偉大だよ。偉大過ぎて、出会ったら気絶しちゃうかも」  優璃は自らで創造した恋愛の神の存在を信じている。ただ、僕は恋愛の神様を見ることができていない。優璃が描く恋愛の神様は僕の感覚が生きる世界には居らず、何度呼んでも神様は優璃の中から出てくることがないからだ。

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