ラブソングで描けない僕ら
Track4「ハトが立つ浅草で」 2

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   鳩に飽きたのか、彼女は急に立ち上がり、今度はその近くにあった砂利石に着目した。 「石?」  僕が訊くと、彼女は無言でうなずいた。 「石っていいよね。特に砂利石は小さくて丸っこいところが可愛らしいから好きなんだ」 「丸っこくて可愛らしい、ですか」  僕は思わず彼女の言葉を繰り返してしまった。 「ねえ、そういえば君はどこから来たの?」  しばらくして、彼女は石を眺めながら視線を合わさず僕に訊いた。 「えっと、僕は越谷って埼玉の街から来ました。今日は後輩と待ち合わせをしているんですけど、まだ連絡が来なくて」 「へえ、そうなんだ」  そういえば、集合時間はとっくに過ぎていたが、鱒乃は一向に現れない。気になってメールを送ってみると、すぐに『先輩、それは来週ですよ』と返ってきた。僕は自分の浅はかなミスに思わず顔をしかめる。 「埼玉かあ。じゃあ浅草のことはあまり知らない感じ?」 「そ、そうですね。滅多に来ないから、詳しくはないですね」 「ふうん」  彼女と話をしているうちに、果たそうとしていた用事がポンと消えて無くなってしまった。彼女の存在は気になるが、これ以上話すこともなかった。それに彼女の世界に邪魔をするのも気が引ける。僕は僕の世界へ戻るべきだ。 「ごめんなさい、観察中のところ邪魔しちゃったみたいで。じゃあ僕はこれで……」  しかし、彼女は僕の言葉なんてあっさり無視して、僕のスマートフォンを指差した。 「え?」  思わず、僕は自分のスマートフォンを見つめてしまう。 「君、さっきスマートフォンを見て苦い顔をしていたよ。もしかして、待ち合わせの相手が来ることができなくなったんじゃない? もしくは君が日程を間違えたとか」  図星だった。僕は驚きを隠せなかった。なんという洞察力だろうか。 「どうして、それがわかったんですか?」 「どうしてって、君の表情を見たらすぐにわかるよ。君、顔に出やすいタイプなんじゃない?」 「そうですかね」  僕は自分自身が表情豊かな顔ではないと思っていた。だが彼女にはすべてがお見通しのようで、僕の顔を見てはっきりと言った。 「というよりも、そもそも人間ってね、自分が思っているよりもすぐに顔に出ちゃう生き物なの。例えば、誰かに恋をしちゃったときなんか、あからさまにわかるもの。恋をするとね、その人はほっぺたを赤くして、どぎまぎしちゃうの」  そして、彼女はなぜか嬉しそうに微笑んだ。 「君、これから暇でしょう? 良いところに連れて行ってあげるよ」 「良いところですか?」 「うん。私が大好きなところ。付いてきて」 「は、はい」  赤いレザージャケットを着て、乱れた長い髪をした彼女は、唐突に僕のことを彼女が描く世界へと引きずり込んだ。そして僕は、抵抗することもなく彼女の世界へと引きずり込まれた。  

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