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 小学校の卒業式の日、謝恩会も終わってお母さんと家に帰った後、自分でもなぜだか分からないけれど、急に公園に行きたくなった。お母さんに夕飯までには帰ると伝えて、ぼくは日が暮れた公園で、あの日みたいに一人でベンチに座って月を見ていた。 「卒業おめでとう」  いつのまにか、ショウタくんが隣りに座っている。 「ショウタくん、ありがとう。やっぱり来てくれたんだね」 「今日が最後になるからさ」  ショウタくんは寂しそうに言った。 「うん、ぼくもそんな気がしていたんだ。でも、すごく寂しい。ぼくが元気になれたのはショウタくんが辛いときに話しを聞いてくれたからだよ。ぼくを助けてくれた。ありがとう」  ぼくはそう言いながら自然と涙が出てきた。本当にショウタくんがいなかったら、ぼくは元気になれなかったかもしれないと思っていた。 「コウタくん、元気でね。もう会えなくなるけど、僕はいつも君と一緒にいるよ。だから泣かないで」  ショウタくんは笑顔でそう言いながら、立ち上がって歩き出した。 「ショウタくん!」  と、ぼくが呼ぶと彼は一度だけ振り返って手を振り「さよなら」と言った。  その時、ショウタくんの青い瞳が一瞬だけ強く光った気がした。            * 「こんにちは、久しぶりね」  そう言いながら部屋に入ってきたのは、カガワ先生だった。笑顔をつくってはいるけれど、先生の声は少し上ずっていて緊張しているのがわかる。 「はい、久しぶりです、先生」  会議室みたいな広い部屋の隅にテーブルとパイプ椅子が置かれていて、僕と先生はそこで対面している。お母さんはほかの部屋にいるみたいだった。少し離れた位置には監視みたいに、この児童相談所の男性職員が座っていた。 「目は大丈夫? お母さんに聞いたんだけど、卒業式の日の夜に急に痛みが出たみたいだけど」 「ええ、大丈夫です。今は痛みはありません」  僕は左目を眼帯越しにそっと触った。 「だったら良かったわ。じゃあ、本題に入るわね」  先生はさらに緊張した表情になって話し始めた。 「率直に聞くけど、なぜあんなことをしたの? せっかく来週には中学校の入学式もあって、お母さんもすごく楽しみにしていたのに・・・」 「なぜ? 当然のことじゃないですか。だって、あいつはお父さんを殺したんだから。今日は失敗したけど、次は絶対に殺したい、復讐ですよ。失敗しちゃいましたけど」  本当に悔しかった、今日はあいつを殺してやるチャンスだったのに、気づかれて失敗してしまった。あいつはスーツを着て、裁判が終わったら普通に駅に向かって歩いていった。お父さんを殺したくせに、自由に街を歩いて地下鉄に乗ろうとしていた。僕は計画通りにナイフを持って突進したのに・・・、あいつは僕に気づいて逃げてしまった。そして、僕は駆けつけた警官に捕まって、この児童相談所に連れてこられた。 「でも・・・、最近は元気になって、お母さんにも心配かけないって、言ってたんでしょ?」 「それはコウタくんのことですよね?」  僕がそう言うと、先生はとても驚いた表情になって一度大きく目を見開いた。その後すぐに額に皺を寄せて目を細めると僕を長い間、じっと見つめる。そして、大きく息を吸う音が聞こえると、先生は震える声で言った。 「あなたは誰?」 「ショウタです。前にコウタくんが話してたでしょう?」 「そうね。聞いているわショウタくん。では、コウタくんはどこにいるのかな?」  先生の声はまだ震えていた。 「卒業式の日に公園でバイバイしました。もうどこか遠い場所に行ってしまったんだと思いますよ。もう誰も会えないかもしれません」  先生の顔が見る見る青ざめていくのがわかる。離れた所にいる職員の人も、驚いた顔で僕を見ていた。先生はゆっくりと立ち上がり、職員の人に目配せをすると、部屋の少し離れた場所に行って何かを話し合っていた。  時々、「カイリセイドウイツ・・・」とか「ヒョウイガタ・・・」とか難しい言葉で話している。  僕は、先生たちが何を話しているかは全然興味がなくて、次こそあいつを確実に殺せる方法を考えていた。コウタくんは心が弱いから、絶対に僕と同じことは出来なかっただろう。黒いコンクリートの塊みたいなもので、怒りとか憎しみという人間に一番大切な感情を抑え込んでしまっていたのだから。でも僕は違う、その塊を全部壊してやった。僕は感情のままに行動できるんだ。  ふと、横を見ると壁に鏡があって、僕の顔を写している。眼帯越しにもう一度左目を触ってみた。小さい頃から診てくれている先生は「君の場合は緑内障と言う病気になりやすい。急に目の圧力が高くなると、瞳が青く見えるので、注意が必要だよ」と言っていた。  眼帯を外して鏡を見ると、青くなった瞳が映る。僕はそれを見ると、なぜか楽しい気分になって声を上げて笑った。それに気づいた先生たちが心配そうな顔をして、こちらに戻って来たけれど、僕は先生たちの前でも、楽しくて、ずっとずっと笑い続けていた。

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