地獄・オン・ジ・エア
第1話 “ラザニアマン”の話
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そしていま僕たちは廃墟になったスタジオで会う ~ラジオスターの悲劇 「それで……ぼくは絶対にそこから先に行きたくない、って言ったんですけど……友達ふたりは“てめー根性ねーな!”とか“だったら最初からついてくんじゃねーよ”って言って……そのまま二人、懐中電灯持って廃墟のホテルに入っていったんです」  ラジオネーム・ラザニアマン(自称・高校2年生)が、もったいぶって話している。 ああ……なんか王道の展開だなあ、とあたしは思った。  すると、メインパーソナリティの“社長”が、 「てか、めちゃくちゃ王道の展開じゃね?」  とすかさず突っ込んだ。  それに対して、 「いいんですよ“社長”! 怪談なんだから! どんな変化球期待してんですか!」  ともう一人のパーソナリティ“副社長”がさらに突っ込む。  この月曜から金曜日までのFMラジオ番組「カンパニー on the air」を、あたしは毎晩、勉強しながらスマホで聴いている。  時刻はいま、夜10時40分……番組は10時から1時までの3時間。  夏休みに入ったので、夜更かしも気楽だった。 「え、あの……つづけていいですか?」  番組に生電してきたリスナー・ラザニアマンが、遠慮がちに話を続ける。  今日は「冷房代節電!こわい話特集」。  ラザニアマンはきょうの番組開始から3人目の「怪談チャレンジャー」だった。 「はい! この王道の展開から話がどう収束するのか、とても楽しみです!」 「社長! だからラザニアマンにプレッシャーかけない! ハードルあげない!」  今日、生電話でリスナーが怪談を披露して、番組サイトでの投票で『どの話がいちばん怖かったか』競うという企画。  あたしはそれほど怪談とか怖い話とかは好きなほうじゃなかったけど、習慣でなんとなく聞いていた。 「えっと……あの、それで……ぼく、その廃墟の前で一人で待つことにして、友達2人がなかに入っていくことになったんです。なんか、ものすごくヤバい感じがしたんで……」  とラザニアマン。 「てか、そういう廃墟の前で一人で待ってるほうが怖くね?」  “社長”がまたツッコむ。  あたしもそれには同感だ。  あわてて“副社長”がラザニアマンをフォローする。 「だから社長! “王道”なんだから! そこは! スルーして!」 「ごめんラザニアマン! 王道だったよね! 話、続けて!」  ラザニアマンがまた遠慮がちに話を続ける。 「……ええっと……それで、僕ひとりで廃墟の前で待ってたんです……なんか辺りは真っ暗で……すごく蒸し暑くて……静かで……なんか待ってる時間がすっごく長く感じて……すると……」 「廃墟のなかから友達の悲鳴が!」 「だから社長! 先読みしない!」  “社長”と“副社長”の突っ込みのせいで、ラザニアマンはかなり話しにくそうだ。  この番組の二人のかけあいは笑えて好きなのだけど、ときどきちょっとウザく感じる。 「……は、はい……すると、廃墟のなかかから“ギャーーーーーッ!”“ウワーーーーー-ッ”て友達2人の悲鳴が聞こえてきて、ほんとビックリしちゃって……」 「うわやっぱ王道だ! “ギャーーー!”とか“ウワーーー!”とかラザニアマンの声が大きいとこも!」  と“社長”。  すかさず“副社長”が 「てかラザニアマンの声が怖いよ! ひょっとして社長に怒ってる……?」 「いえ、お、怒ってません……そ、それでものすごく僕、ビビっちゃったんですけど……すると、ホテルの中から友達が、なんかヘラヘラ笑いながら出てきて……」 「え、友達無事だったの? ……さあ、どうなるのこの王道展開!」 「だからハードル上げちゃだめだって! ラザニアマン、電話切っちゃうよ!」  あたしもラザニアマンの話の先は読めていたので、ほんと王道だと思った。 「『おめー、めっちゃビビってたろ!』『なーんもなかったよ! おまえビビりすぎ!』とか言って笑ってるんです……僕、ほんとムカついて、何か言い返そうとしたんですよ……すると、友達の一人が僕の顔を懐中電灯で照らしたんですけど、なんかビックリして目を見開いちゃって……『お、お前……なんだよそれ……』って青い顔して言うんです。」 「おお? ほうほう? 」 「これ、ちょっと先読めない感じじゃない?」  “社長”と“副社長”はなんとか盛り上げようとしているけど、あたしはやはり、ラザニアマンの話の先が読めてしまった。  アレでしょ。  どうせ、ラザニアマンの顔にいっぱい手形がついてたりするんでしょ。 「僕、ゾッとして……『なんだよ……なんだってんだよ……』って友達に聞きました。すると友達、『お、お前、気づいてないのかよ?』『や、ヤベえって……』って言うだけで……もう、怖いんだかイラつくんだかわけわかんなくなって……『な、なにがヤベえんだよ』って言ったんです……すると友達の一人が……『首……』って……」 「首?」 「なになに? ……首がどうしたの?」  食いつく“社長”と“副社長”。  でもあたしは、ああもう早くラザニアマンの話終わんねーかな、と思っていた。   はっきり言って、もったいぶりすぎている。 「で、僕……恐る恐る自分のスマホ出して……自撮りモードで自分の首見てみたんです……そしたら……」 「そしたら?」 「どうなの……どうだったの?」  しばらく間を置いて、ラザニアマンが言った。 「首に……首一面に……き、キスマークが……」 「……じゃーなー……ラザニアマン……」  “社長”が落胆した様子でラザニアマンの電話を一方的に切る。  予想を上回るバカバカしさだった。  会ったこともないラザニアマンに殺意さえ覚えた。 「なんか、怖い話なんだかエロ話なんだかよくわかんねーよ!」  “社長”がため息まじりに言った。  ため息つきたいのはあたしのほうだ。  SNSで番組ハッシュタグを見てみる。 『なにそのクソオチ』 『ラザニアマン、ぶちこわし』 『意味わかんなかった』 『電波の無駄づかい』  ……などなど。 「これまで高まってた今日の怖いムードを、キスマークが一気に……」  “副社長”があたしの気持ちを代弁してくれた。 「まあ、気を取り直して……お、いきなり次の電話来てるみたいだぞ!」 「今度は期待できる! なんせラザニアマンの次だから! もしもーし!」  ラザニアマンの後ならあたしだって面白い話ができると思った  電話がスタジオにつながる。 「あ、もしもし……」  女の子の声だ。  どこか、声を潜めてるような。 「もしもーし!社長です! お名前と年齢をどうぞ!」 「“リノ”です……こんばんは……いま16歳です」  やはり心細そうな声。  “リノ”はあたしと同じ歳らしい。 「こんばんは、りーの! どんな話を聞かせてくれるのかな?」 「ラザニアマンの後だからこれまでになくハードル下がってるよ!」  “社長”と“副社長”がそう言ってリノのハードルを上げる。 「ええっと……あの……これ、いまここでお話することかどうか悩んだんですけど……それに、そんなに怖くない話かもしれない、ってか……怖い話かどうかもよくわかんないんですけど……」  リノの声は小さい。  心細そう、というか、遠慮がち、というか、誰かに聞かれないように話してる、というか。 「なになに? キスマークよりマシだと思うけど……」  “社長”の言葉に、リノは少しだけ勇気づけられたようで、少し咳払いをして話しはじめた。 「あの……さっきから……うちの家族がヘンなんです……」
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