地獄・オン・ジ・エア
第5話 「ヘルボーイズ」
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「いや、ほんとゴメンなさいっ! あたし、なんかすごく話盛っちゃったみたいで……いつもそういうとこあるから気をつけろ、ってお母さんからも友達からも言われてるのに……ほんとすみませんっ!」  この番組に電話をかけてきたときのリノとは、まったく違うテンションだった。  ヒソヒソ、自信なさげで、頼りなげだったリノはいない。  といっても、あたしは普段のリノがどんなのだがぜんせん知らないのだけれど。 「いやあ、てかものすごい反響きてるよリノ! リスナー全員、マジでビビってたよ!」 「というか僕と“副社長”がいちばんビビってましたけど!」  “社長”も“副社長”も、平常運転のノリを出そうとしているが、どこかぎこちない。  あれほどパニクってCMになだれ込んでからの復活なので、仕方ないのかもしれないけど……  とにかく、まだ空気は妙な感じでざわついたままだ。  あたしの家は……あれから、しんと静まり返っている。 「ほんと、リノ、反省してますっ! ……ハッシュタグとか見ると、めっちゃ大騒ぎになっちゃってて……ヤバい、と思ったけど、けっこう“まじで怖い”とか“怖すぎ”とかそんなのたくさんあって……そんなに怖かったですかあ?」 「怖いよ!」 「怖すぎるよ!」  やたら明るい調子のリノと、それに応じる“社長”と“副社長”。  リノの声の調子は明るい、というか、なんというか……すごくアニメっぽい。  クラスに声優志望の子がいるけど、そういうアニメキャラっぽいしゃべり。 「でも今夜、怖い話の特集じゃないですかあ? ……だからあ、リノの話、ある意味いちばん今夜のテーマに合ってたんじゃないですかあ? “社長”! “副社長”! お願いですっ! 特製Tシャツと商品券くださいっ!」 「ポジティブだなリノ!」 「その立ち直りの早さが逆に怖いよ!」  リノ、“社長”、“副社長”の、なんか別の意味でサムくなるようなやりとりは続く。  番組ハッシュタグをまたチェックした。 『なにこれ?仕込みだったの?』 『リノ天才。神』 『てかリノの彼氏どうなった』 『お母さんノリノリ』 『ふつうに明るいじゃんリノ』 『というかうちの家族、まだ笑い続けてんだけど』 『今夜最恐』 『ヘンな汗かいたわ』 『てかおかしくね?リノほんとに本人?』 『怖い空気ぜんぜん消えてないんだけど』 『うちの親もノッキオ、クノットンとか連発中』 『リノ優勝決定』 『やばい。やばいって』 『ラザニアマン、かんぜんに吹っ飛んだww』 『問題解決してない!うちの親まだ笑ってる!』 『番組隠してる。なにかぜったい隠してる』  リスナーたちも、だいぶ混乱しているようだ。  そりゃそうだろう……あたしも、ぜんぜん納得いってないのだから。  番組特設サイトを見てみる。  当然のように、リノがトリプルスコアくらいで「今日の怖い話」1位になっていた。 「いやほんと、盛り上げてくれてありがとうリノ! ちょっとお母さんに代わってくれるー?」 「あ、はい! じゃあ、番組特製Tシャツと商品券、ぜったいお願いしますねっ!」  しばらくして、電話口にリノのお母さんが出た。 「もしもし、母です~……ほんとうに今晩は、うちの娘がお騒がせして申し訳ありませんでした……ほんとうにうちの娘、毎晩楽しみにこの番組を聴かせていただいてます……ほんと、わたしたち家族の笑い声が大きすぎたのが悪かったのね……でも、番組を盛り上げられてよかったです……あはははは」 「お母さんもやっぱリノとノリ一緒!」 「ほんっと、とんでもない母娘ですね!」  お母さんの話し方もどこか妙だ。  リノがアニメキャラの話し方なら、お母さんはドラマに出てくるお母さんの話し方に似ている……  そのつまり……なにかセリフを読んでいるような感じ。 「というかお母さんとご家族、なんであんなに笑ってたの?」  と“社長”。  それはあたしも含めて、この番組を聴いてるリスナー全員が気になっていることだ。 「ああ、ほんとうにすみません! さっき家族でテレビ観てたら、すっごく面白い漫才コンビが出てて……えっと、コンビ名は……たしかヘルなんとか、っていいう……」 「あははは、ヘルボーイズ、ヘルボーイズっ!」  電話口の向こうで、リノが言うのが聞こえた。  ヘルボーイズ?  聞いたことないコンビ名だ。 「え、『ヘルボーイズ』? 副社長、聞いたことある?」 「いやいや、知らない。すごいマニアックなコンビ? それがテレビに出てたんですかお母さん?」 「そうなんです! あたしと旦那と息子とで観てたんだけど、それがすっごくノッキオ……じゃなくて……可笑しくて……おなか抱えて笑ってたら、あんなことになっちゃって……」  またハッシュタグを確認した。  ものすごい勢いでハッシュタグが伸びている。 『ヘルボーイズ?なにそれ?聞いたことあある?』 『てかいくら面白くてもあの笑い声は異常』 『なんか動画で見たことあるような…』 『知ってる。あのネタで笑えるのおかしい』 『ヤムヤムヨーとか、ヘルボーイズとかのネタ?』 『見たことある人いる?』 『てか笑えないでしょ』 『どこにツボがあるんだリノの家族w』 『見た。面白なさすぎてチャンネル変えた』 『いまお母さん、ノッキオとかわけわからんこと言った?』  ものっっっすごくマイナーな芸人コンビらしく、知ってる人も少ないらしい。  でも……『ヘルボーイズ』は実在するようだ。  ということは、うちの家族も『ヘルボーイズ』の漫才を見て笑ってたんだろうか。  いや……あり得ない。  だいたい、うちにはこんな時間に家族でテレビを囲むような団らんはない。 『ひょっとして、これ?』  そのツイートに、動画サイトのURLが張り付けられてた。  あたしは……ラジオアプリをオフにして、そのURLを踏んだ。
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