「自分の仕事が誰の役に立っているか、何を買い手にもたらすのか――。それを理解していたほうが、仕事はラクだと思う。だって、ゴールがどこにあるか知らずに走り回るより、どんなに遠くても、決められたゴールに向かって走るほうが、希望があるでしょ?」 確かに、ここ一週間のことを思いだしてみれば、そのとおりだった。ゴールが見えないなかの仕事はちっとも進まなかった。だけどゴールがわかってからは、どれだけ集中して仕事をしても、疲れを感じなかった。 「この商品のゴールをイメージできれば、商品の良さをしっかり提示することができる。買う側にも、自分ごととして考えてもらえる」 「……だけど……わたしは……」 何かを言おうとした水島は、言葉を詰まらせた。しばらく待った天津だったが、それからゆっくりと言葉を継いだ。 「コンペがどうとか、上司とか伝信堂がどうとかじゃなくて、この素敵な平屋を、欲しいと思ってくれるだろう人に、しっかり届ける。それだけを考えて仕事すれば、もうちょっと楽になれるんじゃないかな? 仕事は愉快に、上機嫌にやったほうがいいでしょ?」 「……はい」 頷いた水島は、目に涙を溜めていた。 あの日、健一のカラオケを聞いて泣いていた彼女の姿が、今でも健一の胸に焼き付いている。そのときは、ただの泣き上戸だと思っていたけれど、それだけじゃなかったのかもしれない。 「……そうですね。本当にそのとおりです」 どこの会社もコンペを見送るなか、彼女は上司にプレッシャーをかけられながら、参加会社を探してまわった。頼みこんで竹川印刷に参加してもらったのに、その竹川にプレゼンを下ろさせるような筋書きが用意された。 「わたし……、ずっと、みなさんに申し訳なくて……」 みなさんと一緒に仕事したいです、と別れ際に言った彼女には、そのとき健一たちにはどうしても言えないことがあったのだろう。だから彼女は、武道館に来たくても来られなかったペンフレンドに共鳴していたのかもしれない。 「……でも、こうやって、コンペにも参加してもらえて、嬉しいです。……だからわたしも、この家が、多くの人たちを幸せにできるよう、頑張ります」 水島は洟をすすりながら言った。 「うん。僕らは僕らで、この家に潜在する可能性を掘り下げて、価値を顕在化しようと思ってます。なあ、健ちゃん」 明るい声で言う天津に、はい、と健一は答える。 「わかりました。つまり、カチのケンザイカですね」 「ん? なに? もしかして、ちょっといじってんの?」 ふふ、と水島がハンカチで目を押さえながら笑った。 「じゃあさ、水島さん。ひとまずスケジュールを教えてもらえるかな?」 それから三人で、スケジュールを確認した。プレゼンは三週間後に、オリエンのあった大会議室で行われる。伝信堂が十三時からで、健一たちが十四時からだ。 審査は広報部長と、商品開発部長、営業部長の三名の採点形式で、三人の合計点が高かったほうが採用となるらしい。水島はオブザーバーとしてプレゼンに同席するものの、やはり決裁権はなく、採点にも加わらないとのことだ。 「それでは天津さん、遠山さん、当日よろしくお願いします。ヒアリングシートの答も、後日送らせてください」 「はい。こちらこそよろしくお願いします」 挨拶をした天津と健一は、受け取った資料を手に、KAKITAを後にした。
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