広告の会社、作りました
3、いい会社ってなんだろう(5)

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      ◇  翌日、健一が事務所に入ると、長谷川と天津がいた。 「遠山くん、おはよう」 「おはようございます」  長谷川はメガネをかけていたが、健一のことは「くん」付けで呼んだ。どうやらこれからは、その呼び方でいくと決めたようだ。 「午前中に登記済ませてきたよ。だから今日、十一月十一日は、設立記念日」  長谷川と天津の間に、薄い緑色の紙があった。それがいわゆる登記簿謄本というもので、正確には履歴事項全部証明書というらしい。会社の名前や住所、そして役員として遠山健一の名前も書いてある。 「運命は、ゾロ目を選ぶようだな」  ここの住所は一 ー 一 ー 一 ー 一○一、設立日は十一月十一日。この住所にしても天津は、特に狙って入居したわけではないらしい。 「さ、記念写真をとるわよ」  言われるままに、健一は天津に身を寄せた。お祝いっぽいモノは何もないので、履歴事項全部証明書を持つ天津を、健一と長谷川が挟み、自撮り写真を撮るらしい。  画面いっぱいに三人が詰め込まれて、一のポーズをしたところで、長谷川がかしゃりかしゃり、とシャッターを何度か切った。 「ちゃんとしたお祝いは、そのうちしようね」 「ああ、そうだな」  天津は履歴事項全部証明書を、無造作にトレーに投げ入れた。まだホームページもロゴも名刺すらない天津遠山合同会社だが、今日から本当に始まるのだ。 「長谷川さんは、いつハトリを辞めるんですか?」  と、健一は訊いた。近いうちにハトリを辞めて、こっちに合流する、というような流れを、何となく想像していた。 「辞めないよ。わたしは副業として、月に何日か、こっちを手伝うだけ。だからわたしのメガネ姿を見られるのは、月に数日だけってこと。レアメガネよ、レアメガネ」  後半の情報はどうでもよかったが、長谷川は毎日ここに来るような感じではなく、ハトリの勤務後とか休日に、この会社の仕事を手伝うらしい。 「今日は、午前休暇を取って、公証役場に行ってきたって感じ」 「さすが、長谷川さんは、副業の申し子だね」  と、天津が言った。長谷川はハトリの広報をしながら、夜はときどきスナックの手伝いをしている。今度はさらに、自分たちの会社にも関わろうとしている。 「いろんな肩書きを持ってマルチに活躍するタイプと、ひとつの肩書きで職人になるタイプがいるでしょ? これからは、前者にとって生きやすい時代なんだってさ。つまり長谷川さんの時代が来たんだよ」 「そうなの? じゃあ天津くんは、どっちのタイプなの?」 「おれは、どっちも取りにいきたいね」  天津は不敵な笑みを浮かべた。自分はどっちのタイプだろう、と健一は考える。 「でも副業って、双方にいい影響があるんだよ。スナックの手伝いもね、お客さんの相手してると、消費者の考えてることがダイレクトにわかって、スーパーの広報に役立ったりするし。今回のことも、お客さんに聞いたことが役に立ったから」  スナックのお客さんに行政書士の人がいて、長谷川は起業についていろいろ教わったらしい。 「でもわたしは別に、副業がしたいってわけじゃなくてさ、単に、同級生と起業するなんて、めちゃめちゃ面白そうじゃん、ってだけ。バックオフィス業務だけだったら、空いた時間に手伝えるし」  ほらほら見て見て、と長谷川はスマートフォンのアプリを、健一に見せてくれた。 「昨日、あなたたち出張行ったでしょ? 天津くんが、ガソリン代の領収書の写真を、このアプリに上げたのね。これ、日付とか店名とか画像認識して、アプリが勝手に入力して、さらに自動でほら、交通費(ガソリン代)って、判断までしてくれるわけ。それをわたしがこうやって、承認すれば、経理の仕訳作業まで進んじゃう。これであとは給料と一緒に、未払経費として、天津くんの口座に振り込まれる、って感じ」 「へえー!」  テクノロジーは進化しているようだった。アドプラ時代を思いだせば、先輩たちは月に一度、領収書を整理して、経理担当者のところに足を運んでいた。 「わたしはこの作業、通勤電車のなかでやれちゃうからね。健一くんにも、このアプリ落としておいてもらうから。んんん?」  スマートフォンのアプリで、天津が申請した経費をチェックしていた長谷川が声をあげた。 「ねえ、ウナギおにぎりって何? ウナギおにぎりって」  昨日、ウィルソンタウンからの帰り道、サービスエリアで天津と一緒にウナギおにぎりを食べた。そう言えばそのとき天津は、レシートの写真を撮っていた。 「いや、会議費だよ、会議費。ウナギおにぎり食べながら、ちゃんと仕事の話をしたんだから」 「それはいいけど、ウナギである必要はあるの?」 「あるよ。ウナギじゃなきゃ、良いアイデアは出ないだろ」 「だったらお土産買ってきてよ!」  やいのやいのと、同級生二人が言いあっている。 「……あの、コンペが終わったら、みんなで鰻食べに行きましょうよ」 「お、いいこと言うね、健ちゃん」 「コンペに勝ったら、ね」  長谷川さんは、にっこりと笑った。 「そうだな。さっき、挑戦状を郵送しといたぞ、健ちゃん」 「挑戦状?」  天津はまた不敵な笑みを浮かべた。 「KAKITAのコンペの参加申し込み。つまり間接的に、伝信堂への挑戦状ってことだな」  テントウムシVS.ブラキオサウルス――。自分たちはこれをするために、急いで会社を作って、登記も済ませたのだ。 「さて、忙しくなるぞ」  天津遠山合同会社は今、始まる。  天津が立ちあがると、長谷川もハトリに向かうと立ちあがった。作業部屋に向かった健一は、MacBookを起動した。ゆらり、と、鉛の飛行船が浮上する。  昨日、帰りの車の中で、四時間ずっとプレゼンの戦略について話してきた。助手席の健一は、天津の言うことをノートにメモりまくった。やるべきことはもう、わかっている。  健一はまず、前日のロケで撮った写真の整理を始めた。まばたきをするように写真を撮ってきたので、パソコンにアップロードするだけで結構な時間がかかった。  画像をカテゴリーで分類し、パソコン上にイメージボードを構築した。カテゴリーは今のところ抽象的だ。先進と懐古――。躍動と静謐――。都会と自然――。仕事と遊び――。  対比的なフレーズを並べ、画像を振り分けていった。まだ答えを絞り込む段階ではない。ビジュアルを概念化して、本質を要素エレメントとしてとらえる。  イメージは膨らみ、増殖し、またときに収束していった。こんな楽しい作業、他の職業であるのだろうか。アイデアの欠片をどう形にするか――。本当に形になるのか――。モノを創る楽しさをプレッシャーが刺激し、モチベーションが高まっていく。  作業は翌日も続いた。天津と遠山に宛てたそのメールが届いたのは、午後四時をすぎたころのことだ。  天津遠山合同会社 天津様 遠山様  お世話になっております。KAKITA広報担当、水島莉子です。  オリエンの日は大変お世話になりました。あらためてお礼申し上げます。  まずは会社の設立、おめでとうございます。(とても驚きました)  そしてこのたびは、弊社のコンペにご参加いただけるとのこと、  心より嬉しく思っております。  つきましては、弊社の商材資料等をお渡ししたいと思い、  一度ご来社いただきたく、ご連絡差し上げました。  その際に、ヒアリング等、受け付けますので、  なにかあればご質問いただければと思います。  明日、午後であれば、いつでも空いておりますし、  明日以降でも大丈夫です。  それではよろしくご検討くださいませ。

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