「で、何か質問は?」 面倒くさそうに広報部長が訊いてきた。天津がカバンから用紙を取り出し、広報部長と水島に一枚ずつ渡した。 どんな人に住んでもらいたいか。 どんな暮らしができるのか。 どんな未来がそこにあるのか。 この家は、私たちに何をもたらすのか。 用紙には太いゴシック体で、四行詩のようなものが書かれていた。 「なんだね、これは?」 「ヒアリングシートです。ぜひ部長のご意見をお伺いしたくて」 天津が正面にいる部長を見ながら、ゆったりとした口調で言った。 「うーん、なんだか抽象的なことを聞くねえ。伝信堂さんは、カタログの表紙をどんなデザインにしてほしいかとか、サイズはどうしてほしいとか、ちゃんと、そういう話を聞いてきたけどねえ」 「そうですか」 質問に答える様子のない広報部長に、天津は別の話を切り出した。 「そういえばKAKITAさんの三階建ての家、あの広報を担当されたのは?」 「ああ、あれは私だよ」 「そうだったんですか。あの家のコンセプトが素晴らしくて、参考にさせてもらっています」 天津は天真爛漫な笑顔で言った。 「都心の狭小地に、耐震性を備えた三階建てプラン。あのコンセプトを実現するには、かなりのご苦労があったんじゃないかと思ったんです」 「うん、ああ、そうだね。あれはそうだったなあー」 ずっと硬い表情だった広報部長の顔が緩んでいった。 「うんうん。いや……まあ、それは、置いておいて、この用紙の質問は、水島くん、君が答えといて。わたしはちょっと忙しいんでね」 「あ、はい」 「じゃあ、あとはよろしく」 立ちあがった広報部長は、そのまま背を向けて応接室を出ていった。その後頭部も、水島の持論を立証していた。 「……あの、すみませんでした。本日いきなり、部長も同席することになってしまって」 「いえいえ。こちらとしては、ご挨拶できてよかったです」 大人の返事をする天津に、健一は感心していた。ヒアリングシートをカバンに忍ばせ、さらには広報部長の過去の仕事まで下調べしてきたようだ。 「それで、水島さん。さっきのヒアリングシートですけど」 「はい……」 どんな人に住んでもらいたいか、どんな暮らしができるのか、どんな未来がそこにあるのか、この家は私たちに何をもたらすのか――。 あらためて質問した天津に、水島は首を捻った。 「ごめんなさい。正直言って、私が考えているのは、会社が作ってる家のPRを、決められた予算の中でどうやっていくか、ってだけで……。家の中身のことなんて、考えたことなくて……」 「そうですか」 「お恥ずかしい限りです」 「いえ。だいたいのクライアントさんが、そんな感じですよ。先ほどの部長さんも、おそらくそうですし」 天津は優しい声で言った。 「みんな忙しくて、みんな何かに追われていて、みんながストレスを抱えている。自分が担当している商品が、人になにをもたらすかなんて、考えている暇はないんだと思います」 「………」 「だけど、そういうところをおざなりにするから、追われたり、疲れたりするんじゃないか、って思うときがあるんですよ」 「……どういうことですか?」 健一は思わず口を挟んだ。
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