使い途のない奇跡(平成のダメな青春たち②)
第1話 繰り返される「平成最悪の飲み会」

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 また失恋したらしい。  バイト仲間の大学生が集まっての恒例の飲み会。今日はおとなしく飲んでいる、と思っていた後輩の白滝しらたきが飲んでいたのは、実はやけ酒だった。  いつの間にかリミットを突破していたらしいことに、みんなが気づいた時は手遅れだった。振られた女の子の名前を叫びながら、奴は座敷を転げ回った。地獄絵図である。  二回生のこいつが、自分の飲める限界を認識していないわけもなく、これは意図的なテロだろうと思われた。しかし、やがて動かなくなって、死体のように横たわってしまったこいつを、僕としても放り出して帰る訳には行かなかった。一応は、大学の後輩なのである。  数人掛かりで担ぎ上げるようにして最終バスに乗せ、僕ともう一人の後輩が付き添って、奴のアパートに近い町外れのバス停で降ろした。とりあえずこの厄介な男を道端に蹴転がし、アスファルトに座り込む。  通り雨があったのか、地面は少し湿っていたが、そんなことはもうどうでも良かった。後輩の阿倍野あべのも、停留所横のベンチでへたっている。そんな僕らを、道端の水銀灯が青白く照らしていた。 「みさの!」  白滝が、わめいた。 「逢いたいよお!」 「『みさき』ちゃんじゃなかったのか?」  一緒にこいつを担いできた阿倍野に、僕は訊ねる。白滝と同じ二回生で、親友とも言える彼なのだが、こうも同じようなことが続けば、友人になったことを後悔しているだろう。  白滝は夏ごろにも失恋して、「平成時代最悪の飲み会」と呼ばれる、同じような騒ぎを起こしたばかりだった。あの時は「みさき!」と叫んでいたはずなのだが。 「別の子ですわ。最初が名前が似てるとか言うて喜んでましたけど。結局振られるんやから、名前なんかどうでもええと思いますけどね」  精魂尽き果てましたという顔をして、阿倍野が答える。 「ほんとにどうでもいいな。やっぱり放っといて帰りゃよかった。俺は疲れたよ。眠い」 「そんなこと言わんといて下さいよ、一郎さん。大学のかわいい後輩やないですか」 「何がかわいいもんか」 「まあ、ええ大人ですからねえ、二十歳超えた」  僕と阿倍野は、同時に深いため息をついた。 「俺はね、俺はあきらめたりしないんですよ」  酔っ払いは路上に転がったまま、一人で力説し続けていた。 「みさのはね、嫌ってるふりしてわざと俺を試してるんだ。そうだよね、分かってる。合い言葉は、愛の試練」 「試練じゃない、未練だそれは」  僕は顔をしかめる。 「しかし『みさの』ちゃんてのは、そんなにいい子なのかね」 「まあ、かわいいのはかわいいですわ。白滝君のゼミじゃアイドルらしいです」 「そりゃまた、難しい相手を好きになったもんだな」  僕は改めて白滝に目を遣る。メタルフレームの眼鏡を鼻のてっぺんに引っ掛け、ぼさぼさの頭をした彼は、精一杯好意的に表現しても、気のいいお調子者である。とてもじゃないが、アイドルの相手は勤まらないだろう。 「しかし、いつまでもこんなところにいる訳にもいかん。とりあえず、どこかこの辺りで、時間つぶせそうなところとかないか?」 「ちょっと離れてますけど、ゲームセンターやったらありますよ。夜中もやってますわ。前に白滝君のとこ遊びに来た時、行ったことあります」 「ゲームセンターなら元々やかましいから、こいつが多少騒いでも大丈夫かもしれん。ここからどれくらいで行ける?」 「10分くらいです、普通に歩けば」 「普通で10分か……」  僕は、マンホールの蓋に頭を載せてぐったりしている白滝に目を遣る。こいつがそんなに歩けるだろうか。  しかし、他にあてになりそうな場所もなかった。見渡す限り、県道沿いに並ぶのは小さな商店や民家がほとんどで、そのすべてが戸やシャッターを閉ざしている。彼方に明るく輝くのはサラ金の無人契約機らしく、さすがにそんな所へ行っても仕方ない。 「水が聞こえる。いつか、君と行った海」  マンホール上の白滝がつぶやく。 「そりゃ海じゃない、下水の流れる音だ」  大体、海なんか一緒に行ってないだろう、と思うが、いちいち突っ込んでいてはきりがない。 「なんか、泣いてませんか? 白滝君」  そう言われて顔をのぞき込んでみると、閉ざされたまぶたの端には確かに涙がにじんでいるようだった。 「こうまで弱られると、哀れな気もしてくるな」  僕はため息をつく。 「振られ続けですからね」 「相手の選び方が悪いんじゃないか、高望みし過ぎだ」  僕がそう言うと、路上の白滝が不意に目を開いた。真面目な顔で、こちらを見る。 「でも、僕は後悔なんかしてませんよ。妥協して、ほんとに好きな娘以外と付き合えたとしたって、それが何になるんです?」 「そりゃそうかも知れないけど。というか、突然まともになるなよ、お前」 「これ飲む?」  阿倍野がそう言って、ショルダーバッグから取り出した三ツ矢サイダーのペットボトルを、白滝に差し出す。 「飲む」  白滝はそう言って起き上がり、ボトルのスクリューキャップを開いて、ごくごくと炭酸水を飲んだ。 「どうだ、とりあえず歩けるか?」 「歩けなくても、飛べるはずです。僕の背中には、翼があります。エンジンは石川島播磨重工製のターボファンジェットで」 「駄目だ。まだおかしい」  僕はがっくりと肩を落とした。 「はは、冗談ですよ」  白滝は乾いた声で笑うと、立ち上がってズボンの裾を払った。 「大丈夫です。もう何がどうだって、どうでもいいんですから。世界は終わったんですよ」  果たして本当に大丈夫なのか。僕は疑いの目で、そんな白滝の姿をじっと見た。ややあって、阿倍野が横から言った。 「大丈夫なら、アパート連れて行きましょうか」 「いや」  僕は首を振った。 「さっき言ってたゲームセンターでもうしばらく時間をつぶそう」 「それいいですね、ゲームセンター。きっと女の子が沢山いますよ」  希望が生まれたせいか、白滝はそう言ってどうにか歩き始める。 「ナンパでもするつもりなのかね、こいつは」 「さっきよりは前向きな方向やし、ええんとちゃいますかね」  僕ら二人はそんなことを言いながら、白滝を追って歩き始めた。 (第2話に続く)

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