使い途のない奇跡(平成のダメな青春たち②)
第2話 深夜のゲームセンターへ。「準合法」の出会いとは。

作品に栞をはさむには、
ログイン または 会員登録 をする必要があります。

 県道を時折走り去るのは、ほとんどが大型トラックだった。  申し訳程度の幅しかない歩道の横を、トラックが勢い良く通り過ぎる度に、白滝は左右にふらふらとあおられる。本人はおやおやとか笑うだけで至ってのんきなものだが、見ている僕らは危なっかしくて気が気でなかった。  その白滝が、突然立ち止まった。彼がじっと見つめる先の電柱にはビラが貼ってあり、そこにはこうあった。 『まじめで安全な出会い! 婦人自衛官・車掌・占い師・イルカ調教師 秘密厳守、準合法で安心!』  彼は振り返り、真顔でうなずいた。 「安全だそうです」  携帯電話を取り出し、ビラの番号にかけようとする。 「あ、この馬鹿」 「あかん」  阿倍野はあわてて、再び電話を取り上げた。白滝はがっくりと、また座り込んでしまった。 「こんなの安全なわけないだろうが。なんだ『準合法』ってのは」 「それにしてもすごいラインナップですねえ。本当に出会えるのかな」  阿倍野は感心しながらビラを眺めている。 「婦人自衛官はともかく、イルカ調教って何だよ。こんなレアな出会いなんてあるもんか。どういう層をターゲットにしてるんだ」  突然、白滝が勢い良く立ち上がり、電柱を指さした。 「ここを見て下さい。(財)全日本出会い文化連盟公認とあります。全国組織なのですよ、これでも怪しいですか。僕には占い師と出会う権利がある。さあ電話を返して下さい」  目が据わっている。 「だから、どうだってんだ」  怒鳴りつけた。阿倍野が驚いて振り返る。 「いい加減にしろこの馬鹿、正気の線の右側に戻れ、前を見てとっとと歩け」  白滝の瞳に、悲しげな光が戻った。 「俺、何やってるんだろう」  いずれも年代物の氷屋、質屋、畳屋の並びを越えたところで、さあここですと阿倍野は言った。  観光バスが停まれそうな広い駐車場の正面に、五階建てのビルが建っていた。壁面には早すぎるクリスマスツリーの如き電飾が施され、あちこち点いたり消えたりきらびやかに輝いている。そして屋上には「ゲームプラザ」のネオン文字。  なるほど、確かにゲームセンターらしい。延々と寂しかった県道には明らかに不似合いな華やかさで、場末のバッティングセンター的なものを想像していた僕は驚いた。 「ずいぶん立派だな、こりゃ」 「元はビジネスホテルやったらしくて、客室以外そのまま使ってるいう話です。だから実際は二階までしかありません」  と阿倍野が説明している間に、白滝は早足でゲームセンターの中に入って行く。 「あいつ、すごい勢いだな」 「女の子がどうとか言ってましたし、僕らに取られないうちにかわいい子を先に押さえてしまおう、いうこととちゃいますか」 「誰が取るもんか」  中に入って見ると、なるほどそこはホテルのロビーそのものであって、クロークカウンターの上にコイン両替機が並んだりしている。  本来ソファーなどが置かれていただろう辺りにはゲームの機械がずらりと並び、けばけばしい画面がめまぐるしく動いていた。天井から豪華なシャンデリアが下がっているのが、不似合いで虚しい。  人はまばらで、ゲーム機の三分の二は空いていたが、県道沿いのあの寂しさを思えば客の数は案外多いといって良さそうだった。ただし、女の子の姿はごく少なく、たまに居てもその横には大抵男が座っている。  しばらく辺りを見回していた白滝は、やがてあきらめたように一台のゲーム機の前に座り、コインを入れた。肩越しにのぞき込むと、古い麻雀のゲームだ。  画面上の対戦相手はガラスのように透き通った大きな青い目をして、髪がピンク色のかわいい女の子である。負けたら、この子が服を脱いでくれるという奴だ。 「なるほど、これなら失恋の可能性はないな」  僕は安心してうなずいた。 「そうですけど、勝負に負けたら振られたみたいなもんやないですか? また騒ぎませんかね」  阿倍野は不安そうだ。  しかし白滝は、架空の美少女には全く興味を示していないようだった。  すごいスピードで不要牌を片っ端から切り飛ばしては次々と大きな手を仕上げ、上がりを決めていく。女の子が下着姿で誘惑の台詞を述べようとしても、ボタンをいらだたしげにばしばし叩いて画面を飛ばしてしまう。真剣な眼差しで、まさに無駄に鬼気迫る勢いだ。  まだ正気サイドとは言えないようだったが、ゲームに熱中している分には害はない。僕らもそれぞれ勝手に時間をつぶすことにした。  二階へと上がってみた。ここは元宴会場らしく、天井はより高く、シャンデリアはより豪華に光り輝いている。  赤い絨毯の上に並んでいるのはルーレットやスロットマシンなどのコインゲーム機だ。一応、カジノっぽさを演出しているのだろう。人の数は、一階よりもさらに少なかった。  コイン五十枚を買い込んだ僕は、部屋の真ん中に置かれたルーレット機に近づいた。巨大なテーブル状の機械の中央で、「0」「00」から「36」までの数字がでたらめに並んだルーレットがぐるぐる回っている。しばらくすると銀色のボールが機械によって投げ込まれ、ルーレットの周囲を何周かした後、いずれかの数字の場所に転がり込む。やがてルーレットは止まる。この繰り返しだ。  しばらく眺めた後、僕はこのゲームに挑戦してみることにした。いかにも本格的なカジノみたいで良い。本当は機械じゃなく、美人ディーラーなんかが相手をしてくれればもっとムードが出るのだろうが、そこは仕方ない。  コインを投入し、まずは配当の高い一点張りで勝負してみる。これは一つの数字に決めて賭けるわけだが、数字は三十八通りあるわけだから、当たる確率は低い。ボールはあっさりと、僕が選択ボタンを押したのとは違う数字に飛び込んだ。  それなら二点張りだ、三点張りだと確率を上げ、配当を下げながら張って行く。しかしそれでもちっとも当たらない。ついには「偶数」に残ったコインの大半を賭けた。これならほぼ二分の一の割合で当たるはずだ。  しかしボールはぐるぐると回ったあげく、無情にも「3」に飛び込んだ。結局、あっと言う間にコインのほとんどを失ってしまった僕は、憮然たる顔をして残ったわずかなコインをポケットに突っ込み、再び階下へと戻った。 「白滝はどうだ?」  一階に戻って、F1レース風のゲームで遊んでいる阿倍野に、声を掛ける。 「ああ、一郎さん」  画面から目を離してこちらを向いた彼の背後で車が壁に激突し、爆音が鳴り響く。 「多分、まだ麻雀を……いや、違うわ。あいつ何してるんや」  不審げな顔になった阿倍野の見ている方向を、僕も振り返った。  フロアの奥を目指して、白滝がふらふらと歩いて行く。その進路の先には、一人の女性の姿があった。 (第3話「ピンボールマシンの美女」へ続く)

応援コメント
0 / 500

コメントはまだありません