「なにか、探し物でもされているの?」 女性はさらにたずねてきた。 「あの。えっと。探し物もあるんですけど」 ヤバイ……いや、悪いことはしてないからヤバいわけではないけれど。 なんて言い訳しよう? そう考えていたら、急に後ろに引っ張られた感じがして、ストンと尻もちをついた。 え?なぜこのタイミングでコケる?と思った私の視点に変化はなく、いぶかしげな女性の顔が見えたままだった。 ただ視点は同じだけど、いつもよりちょっと視界が狭い?? (え?転んだんじゃなかったの?) そう思った時、私の口が私の意志と関係なくしゃべりだした。 「あ。すみません。前に母がここに綺麗な桜があると言ってて。それで、ついこの間、前に見てから30年くらい経ってるけど、今ごろどのくらい立派になってるだろう?って話してたんです。それで今日、たまたまこっちに来る用事があったから見に来たんですけど。思ったよりも大きくなくて。いったいどうしたんだろうと思って、周りを見させてもらってたんです」 (まさか、しゃべってるのみづきさん?私の身体を自由に使うことは、できないって言ってた気がするけど) 「まあ。そうだったのね。お母様、ここの桜をご存じということは、ご近所に住まわれてたのかしら?」 女性は、何の疑いもなく会話を続けた。 桜を知っている人の身内ということで、警戒心が少し薄れたようなしゃべり方になっている。 「いえ。住んでいたのはここではなかったらしいのだけど、ちょうど桜の時期にこちらに来ることがあったらしくて。お花見して、とても綺麗だったのよと言ってました。でも、この木はその時の木ではないんですね」 「そうなのよ。あなたのお母様がおっしゃってたように、ここにあった桜はとても見事だったのよ。だけどね」 女性はちょっと、間をおいて続けた。 「お母様が桜を見られた30年前くらい?に、このあたりで痛ましいことがあってね。そのことが原因ではないと思うけど、桜の木が弱っていって。でもあれだけ見事な桜だったから、枯れさせてしまうのは惜しいと、隣の家の人が挿し木で苗を育てていたの。結局枯れてしまったから、隣に育てた苗を植えて大きくなったのがこの桜なのよ。この桜もお母さん桜と同じくらい綺麗よ」 「そうなんですね。帰ったら、母に伝えます。早く春にならないかな。見に来てみたいです」 「よろしかったら、ぜひ見に来てね」 そう言って、女性はバス停の方に去っていった。 女性が去るのを見送ったと思ったら、今度は引っ張り上げられるような感覚と、“いつも通りの”視界が戻ってきた。 「み、みづきさん?!」 続
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