「あ。こんにちは。昨日はありがとうございました。昨日、帰ってから母さ……母に、桜の木を見てきたことを話したんです。木が代替わりしてたといったら、残念がってました」 「まあ、そうだったの」 「それで、昔花見をした時のことを思い出して話してくれたんですけど。その時に母、ここで落とし物というか失くしものをしたらしいんです」 「あら、それは大変だったわね。大切なものだったの?」 「大切、だったと思います。ほんとの持ち主は母のお姉さんだったらしいんですけど。なんかトンボの形のブローチで、可愛いからって無理いって貸してもらって。“お花といっしょに飛ぶの可愛い”って、落ちてた花びらを集めて一緒に空に投げて遊んでたそうです」 「あらあら」 「何度か飛ばして遊んでたら、落ちてこなくて。お姉さんに言ったらめちゃくちゃ怒られて、一緒に来てたお母さんと3人で探し回ったけれど見つからなくて。それでお母さんがお姉ちゃんをなだめすかして、その日は帰ったらしいです。帰ってからお姉ちゃんに“べんしょうして”と言われて、自分の一番の宝物をあげて、なんとか許してもらえたって」 「そのあと、探しにはこられなかったのかしら?」 「探しに行きたいとは思ったらしいんですけど、子供だったからひとりでは行けなかったって言ってました。それで、いつの間にか忘れちゃってて、昨日私がここの桜の話をしたら思い出したそうです。もう見つかることはないと思うけどって」 「そうだったのね。30年、だったかしら?」 「はい。そのくらいだったみたいです」 「そのときに、ここの家の中は見せてもらったの?」 女性はそう言って、塀を指した。 「いえ……たぶん、探してないと思います」 「だったら、今日探してみたらどう?」 「え?だって、庭でも人の家に勝手に入るのってダメだし」 「大丈夫よ。ここは私の親戚の家だもの。庭くらいはかまわないわよ。でも、ごめんなさいね、草ばっかりで。時々は除草剤をまいていたのだけど。」 「あ。あの、ありがとうございます。探させてもらいます。って、草?」 私は門の中を覗き込んで言った。 「あの。草とか、探す場所だけ取っちゃっても大丈夫ですか?」 「いいですよ。草があるとじゃまですもんね。ここでみつかるといいわね」 「はい」 私がお礼のお辞儀をすると、女性はにっこり笑って昨日と同じくバス停の方に去っていった。 「うわ、ラッキー」 『ああ。運がいいな』 「ねえ、みづきさん?あんな感じの説明でよかったよね?」 『大丈夫だ。では、さっそく探すか』 私は小声で(おじゃまします)と言いながら、門の中に足を踏み入れ桜の木の方に向かった。 桜の木に近いあたりは雑草だらけだけど、木がないことが救いだった。 「雑草、すごいですね。軍手か何か持ってくればよかったな」 私は塀に近いあたりの雑草を手でかき分けながら言った。 続
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