マイセルフ・ユアセルフ
第1章 3-2

あのクリスマスイヴの日のように僕を呼んだのは、和田塚さんだった。三年も経つと容姿は変わっていて、一瞬誰だか分からなかった。 「やっぱり石上くんだよね!うわぁ久しぶり!元気だった?」 にこやかに手を振る仕草はあの時と変わらなかった。 「ねえ、せっかく会ったんだから、もし夜ごはんがまだなら、一緒に食べに行かない?近況報告も兼ねてさ」 「うん。もちろんいいよ」 僕らはあの時のように、手を繋いでいた。本当に自然な流れだった。当然三年振りに会ったのだから付き合っている訳でもないのに…。 「今日は、手軽にファミレスにしよっか。私、貧乏学生だからお金もあんまりないし」 和田塚さんは照れたように笑う。  料理を注文して、来るのを待っている間、互いの近況報告で話が盛り上がった。和田塚さんは、中学を卒業したあと、行きたかった公立高校に入学できたこと。高校に入っても部活は吹奏楽を続けていて、三年の時は部長を務めていたこと。共学でも燃えるような恋は無かったこと。校内行事は何故か毎回めっちゃ盛り上がったこと。英語の先生は見た目から最初は外国の人かと思ったら純粋な日本人だったこと。そして、今は楽器の修理からプロミュージシャンまで幅広いジャンルがある専門学校に通って、将来は楽器屋さんになりたいという夢があることを話してくれた。 「そういえばこの前、腰越に久々に会ってさ。アイツはドイツ留学だってさ。なんかすげぇよな」 「へぇー。あの渚ちゃんがね」 和田塚さんはものすごく驚いた顔をしていた。高校に入ってから腰越とは何回か遊んだりしていたらしいが、ドイツに留学する事までは聞いていなかったようだ。 「それでさ、ドイツに行く前日に四年後、また会えたら付き合ってくださいって」 「それって、告白?」 「どうなんだろ。結局僕はイエスもノーも言わないまま終わっちゃったから…」 「そうか・・・」 アイスコーヒーのグラスの氷が少し溶けてカランと音がした。 「でも、この四年の間に、仮に僕に恋人ができてたら、断るつもりだけどね」 「四年も待ってられるか!って?」 「そうそう」 和田塚さんはあははと笑った。  久々に会った和田塚さんと喋っていると、時間はあっという間で、気づけば夜九時を回っていた。外は雨も風も止んでいて、穏やかな日常を取り戻しているようだった。思えば、中学の頃って、こんなに和田塚さんと自然に話していたかな。まあ、あの時は好きな女の子ってカテゴリーにフォルダを入れてしまうと、緊張して上手く話せなくなるという思春期にはよくあることだったのだろう。  和田塚さんと僕の家は駅から同じ方向なので、。途中まで送っていくことにした。道中もやっぱり話題は中学の時の思い出話。団地の坂を上っていくと、街の夜景がきれいだった。 「ねえ石上くん。今日会ったのも何かの縁だから、LINE交換しようか」 僕たちはアカウントを交換した。 「これでいつでも連絡できるし、会いたい時に会えるね」 和田塚さんはニヒヒと笑う。その笑顔は中学の時と変わらず、可愛いなって思った。  家に帰ると、久々に中学の卒業アルバムを開いていた。クラスごとの個人写真のページでなぜか和田塚さんの写真を探していた。アルバムの中の写真は、当然だがあの頃の和田塚さんがいて、それに恋をしていた僕がいて…。甘酸っぱい青春だなって一人微笑む。恋とかそういうのに無縁だった高校の三年間。男子校だからといって全員が彼女無しとか、そういうわけでもなかった。塾を通して付き合ったやつ、推しのアイドルを自分の彼女だと言い張るやつ、アニメキャラクターを彼女だと言い張るやつ、ましては嫁だと言い張るやつもいた。人にはそれぞれいろんな恋のカタチがあるんだなって、そんなことを当時の鵠沼にいったら、ゴミを見るような目で見られた。 「もう一度、恋をしてみようかな・・・」 無意識発した言葉を、偶然僕の部屋に入ってきた由貴がはっきり聞いていた。 「なになに?恋バナですか?って、ああ!この人、兄さんが中学の時に好きだった人じゃん!」 由貴は卒業アルバムの写真に指さす。 「なんで知ってんの?」 「兄さんはわかりやすいから、バレバレだよ。こんなに可愛い私という存在がありながら、兄さんはその人しか見てなかったもん!」 由貴は僕の隣にちょこんと座った。 「兄さんはなんで、あの時に付き合わなかったの?」 その問いには自分でも理解できなかった。確かにあの時、好きだといえば普通に付き合えたかもしれない。けれども、それよりも断られてそのあとの関係にヒビが入ってしまったまま、高校へは進みたくなかった。正直言って恐かったんだと思う。そんなことを由貴には言えず、ただ黙ったままだった。 「兄さん?」 心配そうな顔で僕を見つめる。 「ああ、ごめん。なんでだろうね。あの時の僕は恥ずかしくて、言えなかったのかもね」 僕はハハハと笑うと、由貴はそうかと一言返すだけだった。 「兄さんって、大事な時だけヘタレだよね。まあ私はそこも含めて兄さんのことが好きなんだけど」 由貴はたまに心にグサッとくる一言で僕を攻撃してくる。 「いいじゃん。その好きだった人、もう一度チャンスがあるのなら、今度こそ頑張ってみれば?私は応援するよ」 そして由貴はたまにやさしい言葉で僕を慰めて、元気を与えてくれる。そんな妹が大好きだぞ、兄さんは。(もちろん〝ライク〟としてな)  この日をきっかけに、休みの日は互いに用事がなければ会うことが日課になっていた。駅前のファミレスで、ただ喋るだけの時もあれば、ちょっと遠出しようかと池袋や新宿、渋谷などに遊びに出かけた。特に僕は行きたい所とかなかったので、和田塚さんの行きたい場所に付いていくような、そんな感じだった。 「今日は、ちょっと府中の方に行こうよ」 府中なんて、競馬場くらいしか思い浮かばなくて、和田塚さんはまさかの隠れギャンブラーかと思ったけど、競馬場とは関係のない京王線の東府中の駅で降りた。僕は増々不思議に思うだけだった。  東府中駅の改札を出て北へ十五分ほど歩くと、府中の森芸術劇場がある。和田塚さんはホール入口の広場で立ち止まる。土曜日なのに珍しく何も催し事をしていないガランとした府中の森芸術劇場。僕の謎は深まるばかりだった。 「ここね。私にとってすごく思い入れのある場所なの。毎年夏にここで吹奏楽コンクール。あ、野球でいえば高校野球みたいな感じかな。の、都大会があって中学から高校までの六年間、不安と緊張の中であの舞台に立って演奏したの。でもね、どれだけ頑張っても、頑張っても代表には選ばれなくて、全国大会という大きな夢が遠くなって部活のみんなで悔しくて大泣きしたなって。私、ものすごく青春してたなって思わせてくれる場所なんだ」 和田塚さんの目が少しだけ潤んだ。 「本当に、悔しかったんだ」 今にも泣きそうな声で小さくつぶやく和田塚さんに僕はやさしく抱きしめた。そうするしか方法はないと思った。 「僕は中学の時も高校の時も部活というものは経験していないから、大会の結果での悔しさとか等身大では分からないけど、でも、頑張って努力してそれでも叶わないその悔しさは分かるような気がするんだ。ごめん。こんなこと言っても全然説得力ないよね」 僕の胸の中で和田塚さんは洟を啜りながら、首を横に振る。 「でもよかった。和田塚さんが隠れギャンブラーじゃなくて。府中に行くっていうから、てっきり競馬でもやるのかと思ったよ」 僕がそう言うと和田塚さんは顔を上げ、頬を膨らました。 「もう!ムードぶち壊し!」 泣き止んでも目の周りが赤い和田塚さんを見て僕は笑った。そして、後に僕は一回だけここの府中の森芸術劇場に足を運んだことを思い出す。  この日も結局行きつく先は新宿になった。さっきまで泣いていたのがウソのように和田塚さんはいつものテンションに戻っていた。ただ、今日はいつもより和田塚さんとの距離が近いような気がしたけれど、相変わらずな和田塚さんを見ると、そんな気がしているだけかなって思う。  新宿駅西口の改札を抜けて少し歩いたところで、小洒落たカフェを見つけて、少し休憩がてら入ることにした。  店内はコーヒーの香りがやさしく包み込み、BGMは落ち着いたクラシック曲が流れていた。僕はアイスコーヒを和田塚さんはアイスカフェラテをたのんだ。にこやかに対応する女性店員さんは手際よくレジを打ち、アイスコーヒーとアイスカフェラテを注文カウンターに置く。窓際の席に座り、買い物客や家族連れなど多くの人が行き交う店前の大通りを眺める。休日特有のゆったりとした時間が流れていた。 「今日は暖かいというより、暑いくらいだよね」 和田塚さんは上着を一枚脱ぐ。今年は梅雨を待たずして、夏が来るんじゃないかと思うくらい雨も降らずに暑い日が続く。 「仕事は順調?」 アイスカフェラテを一口啜りながら、話題を探すように訊いてくる。 「うん。まあまあかな。今度のゴールデンウィーク明けからは単独で外回りが始まるんだ。一人で担当する顧客の数は五十件以上あってなんか、大変そうで今からヘンに緊張してくるよ」 「石上くんなら、そんなこと言いながらも難なくこなせそうだよね」 またアイスカフェラテを一口啜る。連られて僕もアイスコーヒーを一口。そして目が合うとなぜか笑った。  あれから仕事も何となく流れが掴めてきて、今でも藤沢さんと一緒に外回りをしているのだが、もうすぐ単独で外回りをすることを考えて、名刺の渡し方など基本的なビジネスマナーを丁寧に教えてくれた。社長から今度から担当する顧客の場所をしえてもらい藤沢さんと一緒にあいさつ回りも始めた。ウチの若きエースなんですなんて藤沢さんが僕のことを紹介するもんだから、プレッシャーがハンパない。どのお客さんも笑って「頑張って」なんて言ってくれたけど・・・。 「へぇー。入社して間もないのに信頼されているんだね。石上くんの人柄なのかな」 和田塚さんは楽しそうに僕の仕事の話を聞く。会社で働くという未知なるカテゴリーに興味津々なのかもしれない。 「和田塚さんも、学校は楽しい?」 僕はそう訊き返すと、和田塚さんは大きく頷いた。 「高校の時とは違って、好きなジャンルをとことん勉強しているからものすごく楽しいよ。今まで知らなかった知識も身に付くから倍楽しい。といってもまだ授業は数回しか受けてないけど。でも私、手先がそんなに器用じゃないから、楽器のリペアの実習はちょっと苦手かな。楽器って意外にも細かい部品だらけなんだよ」 僕も未知なる楽器の世界に興味津々で話を聞いていた。 「あ、そうだ。御茶ノ水に行ってもいい?行きつけの楽器屋さんがあるんだけど…ってあんまり楽器に興味がない石上くんにとっては退屈かな?」 「かまわないよ。行こうよ」 僕はそう言うと、和田塚さんは嬉しそうに笑った。  中央線の車内は休日でも混みあっていた。ドアに寄りかかるような感じで二人外を眺める。千駄ヶ谷駅を通過すると来年開催のオリンピックに向けて東京体育館などの改修工事が着々と進んでいた。 「もう来年なんだね。オリンピック」 窓越しに新国立競技場を眺めながら和田塚さんがつぶやく。どうせ当たらないだろうと思いながらも観戦チケットの申し込みが開始したら、申し込むのだそうだ。 「もし当たったら、一緒に観に行こうよ。オリンピック」 「じゃあ、その時は和田塚さんの奢りだね」 僕はニヒヒと笑う。 「私、まだその時は学生だし、お金無いんですけど・・・」 本当に不安そうに言う和田塚さんを見て、僕は焦って「ウソウソ。チケット代は半分ずつ出そう」と訂正した。  御茶ノ水の駅前は賑わっていた。御茶ノ水橋口の目の前の通りから神保町方面に向かって楽器屋が軒を連ね、ミュージシャンにとっては聖地なのだそうだ。ギターやヴァイオリンなどたくさん並んだ店を何件か通り過ぎ、黄色が目立つ楽器店に和田塚さんは入っていく。一回フロアはやはりギターを中心に扱っていて、結構急な階段を上がっていくと管楽器のフロアになる。和田塚さんは楽譜・書籍コーナーを物色する。 「おぉ、いらっしゃい。今日は何かお探しで?」 後ろから眉の形が時計の〝八時二十分〟を指しているメガネの男性店員さんが声を掛けてきた。 「あ、加藤さん。こんにちは!今日は楽器のリペアの本を探しに来たんです」 どうやら、加藤さんと和田塚さんは知り合いらしい。後で聞いた話だが、和田塚さんが高校の時、初めてこのお店に来て、いろいろサポートしてくれたのが、この加藤さんらしく、それ以来ずっとここの〝お得意様〟なんだそうだ。 「私、この春から、加藤さんが紹介してくれたあの専門学校に行ってるんですよ!」 「おお!よかったじゃないか。ってことは俺の後輩になるわけだな」 〝八時二十分〟の形を変えぬまま、和田塚さんと握手をした。なんてフレンドリーな方なんだろう。 「じゃあ、俺が学生の時に使ってたんだけど」 加藤さんは本棚の一番奥に手を伸ばし本を探す。 「あ、あった。これこれ。これの本は分かりやすいし、メッチャおすすめ」 和田塚さんに差し出したのは『金管楽器の構造大全』と書かれている本で、僕がこの本を読んだら一行で眠れそうな本だった。 「じゃあ、これにします。せーんぱい!」 「これこれ、大人をからかうんじゃないよ」 加藤さんが人差し指を左右に振りながら言うと、二人して笑っていた。やがて、他の店員さんが加藤さんのことを呼ぶと、まあゆっくり見ていってね。と一言残し、店の奥へと入っていった。 「ごめんね。なんか二人で盛り上がっちゃって」 「ううん。なんか楽しそうな人だったね」 和田塚さんは、加藤さんからのおすすめの本をレジに持っていった。  店を出る頃には辺りもすっかり暗くなっていて、日中に比べて少し肌寒い。この気温が僕らをそうさせたのか、二人は寄り添って駅まで歩く。帰りの電車の中は心地よい温度で和田塚さんはすでに僕に寄りかかるようにして眠っていた。 (やっぱり、僕は和田塚さんのことが好きだ。三年間の空白はあったけど、でもきっと中学の時から変わらず、和田塚さんのことが好きだったんだ。)  それでも、僕はまだ、告白できずに、僕に寄りかかる和田塚さんを見ては、もどかしく思うだけだった。

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