今朝早くに、晴香の携帯に飛行機に乗っている連絡が腰越からあった。予定通り、今日の夕方には羽田空港に到着するようだ。鵠沼が飛行機のフライト時間など調べてくれたおかげで、迎えに行くタイミングがよくわかる。やはりこういう時〝だけ〟役に立つ。  昼前に鵠沼と由貴が僕の家に集合したため、僕と晴香は羽田空港に向かった。とりあえず、新宿へ出て、そこから品川を目指し、品川から京急線で羽田空港へむかうのが一番いいとナビアプリは指示する。 「そういえば私、羽田空港に行ったことないかも・・・」 揺れる電車内で晴香が言った。 「高校の修学旅行とかで飛行機乗らなかったの?」 高校の多くは海外へ行くのが多いが、どうやら晴香の高校は国内、しかもベタな奈良・京都だったらしい。それは残念。まあ、僕の高校には修学旅行すらなかったけど(仮にあったとしても、ヤロウばっかりの修学旅行もどうかと・・・)  新宿から山手線に乗り換える。今日は休日ということもあって、車内には大きな混雑はなかった。原宿駅で一旦人が捌けると、次の渋谷でまた人が乗ってくる。それの繰り返し。電車の車内にはいろいろな人が乗っている。休日がその人にとっては普通の出勤日のサラリーマン。これからどこへ連れて行ってもらうのか、ワクワクが止まらない顔の子供。今日が初デートなのか、お互いどこか緊張気味のカップル。こうやって見渡すと、人それぞれな時間があって面白い。そして、僕の嫁はぼーっと外を眺めている。けれど、その横顔がたまらなく愛おしい。 「なに?いきなり?」 僕は無意識に晴香の頭を撫でていた。でも、晴香は別に嫌だったわけではなくて、ちょっとびっくりしただけのようで、すぐに僕に寄り添った。  品川駅に着けば、どこからか甘い匂いが漂っていた。エキナカのお土産やスイーツ売り場にはたくさんのお菓子や食べ物に行列を作っていた。 「密です。密です」 「あはは、そんなの流行ったよね!」 晴香が腹を抱えて笑っている。 「確かに今のこの行列を見たら、あの都知事がそう言いそう」 どうやらツボに入ったらしい、京急線のホームに上がるまでしばらく笑っていた。  京急線のダイヤの本数には驚いた。休日の昼間なのに通勤ラッシュみたいに次から次へと電車が滑り込む。なんか列車種別もいろいろあって戸惑ったけど、とりあえず羽田空港行きに乗れば間違いないと羽田空港行きの電車に乗り込んだ。都内を駆ける赤い電車は羽田空港に向けて景色が流れていく。 「第三ターミナルで良いんだよね?」 「たぶん・・・。鵠沼情報に間違いはないはずだから」 目的地に近づくにつれ、不安になる。けれど、鵠沼が事前に調べてくれたメモ書きには第三ターミナルと書いてある。 「第三ターミナルは昔、国際線ターミナルだったんだ」 数日前にやたらドヤ顔で鵠沼が語っていた。その時、僕と晴香は遠くを見るキタキツネのような顔でその話を聞き流していたが、今になって役に立った。  第三ターミナル駅に着くと、ひたすら上に登る。だいぶ地下深いところに駅があったようだ。改札を抜ければ、開放的な出発ロビーがあって、更にその上の階にはお土産屋やレストラン街が立ち並ぶ。デジタルサイネージには出発便と到着便の時刻がそれぞれ表示されていて、遅れ状況まで書かれていた。腰越が乗っているドイツからの便は順調にフライトを続けているらしく、遅れの情報はない。と言っても到着までまだ時間はある。せっかくなので、ターミナル内を二人で観て回ることにした。 「元々は国際線だっただけあって、外国人向けのお土産が多いね」 僕の手を繋ぐ晴香が言った。そして、とあるお土産屋の前で立ち止まる。 「このTシャツ、すごくセンスあるよ」 そういって指さした先には、大きいサイズのTシャツの背中部分に『親分』こども用サイズには『子分』とでかでかと書いてある。 「これを喜んで着ている外国人親子を想像したらウケる」 ふと、僕らに子供が居たらこれを着せられるんじゃないかと脳裏によぎったけど、あえて晴香に何も言わないようにした。晴香ならやりかねない・・・。  さらに上の階へと進むと、はねだ日本橋と書かれている、江戸時代の日本橋を再現した橋がある。もちろん普通に渡れる。壁際には江戸時代の絵図が飾られていて、日本好きの外国人なら大喜びしそうなスポットだ。その日本橋からは出発ロビーが一望できる。  羽田空港を発着する航空会社の飛行機の模型が飾られている廊下を抜けると、展望デッキに出る。自動ドアが開くと飛行機のエンジンの重低音と少しの燃料の匂い。遠くには第一ターミナルビルが見える。海沿いにあるこの空港は時折潮風で磯の香りがした。今日は暑くもなく寒くもない。なんとも心地よい気温だ。展望デッキにはカメラを構えたたくさんの航空機ファンの人で溢れ返っていた。 「おー。すごーい!」 晴香が指さす方向に目をやる。二機の飛行機が二つの滑走路にきれいに並んで着陸する。これは、管制官とパイロットが上手く連携が取れた芸術だと思った。 「そういえばさ。昔、飛行機関係のドラマが一時期流行ったよね」 「あー、確かに。僕も結構見てたよ。別に、飛行機関係とか興味は無かったけど」 「私、あのドラマ見て、管制官にだけはなりたくないって思ったなー。なんかトラブルが重なって、テンヤワンヤするの、私には向かないわ」 「トラブルはどうか分からないけど、実際、パイロットとケンカすることはよくあるらしいよ。いつだかのドキュメンタリー番組でやってた」 「なら、なおさら私には向かないや。絶対パイロットとケンカする自信あるもん」 「あー」 「あーって何よ、あーって」 晴香は頬を膨らませた。いやそれが、本当に可愛くて・・・。現場からは以上です。  それから日が沈み始まってタキシングロードに綺麗な灯りが光り始めるまで行きかう飛行機を二人で眺めた。 「さて、そろそろ着く頃じゃない?」 「あ、そうかも」 一旦建物の中に入って、到着時間を確認する。どうやら、あと二十分で到着するらしい。僕たちは、二階の到着ロビーに向かった。 「久々に会うとなると、何か緊張するし、ワクワクするね」 「うん・・・」 一体この引っかかる気持ちは何なのか、未だ分からず四年ぶりの再会を二人で待った。やがて、ドイツからの飛行機が到着した旨のアナウンスが流れた。予定より十分早い到着だった。飛行機は電車やバスとは違って、その日の天候やその他諸々の理由で到着予定時刻が前後する。夕方のラッシュ時間の早着は珍しい方なんだとか。  到着口から次第に人の数が増した。カートに大きな荷物を載せて歩く人の群れの中に腰越の姿を見つけた。 「渚ちゃーん!」 晴香が名前を呼ぶと同時に大きく手を振ると、腰越はその声に気づいて振り向く。晴香と腰越は互いに手を振って抱き合った。 「おかえり!」 「うん。ただいま!って、裕介じゃん!超久しぶり!」 僕は、おぅと一言返した。もしかしたら反応が薄いって思われたかもしれない。でも別にそういうつもりはない。歓喜はもうすでに晴香が全部やってくれたから、僕の担当する仕事がなかっただけ。 「裕介、少しオッサンになった?」 「うるせぇ!」 帰りの電車の中では、ドイツでの暮らしや出会った人など土産話をすれば尽きないほどで、あっという間に僕の家の最寄り駅に着いてしまった。 「今日はね、渚ちゃんの凱旋を祝して、パーティーをするよ」 晴香はテンション上げたまま玄関のドアノブに手を掛ける。 「あれ。裕介ん家って、ここだったっけ?」 「ま、まあな。詳しいことは後で話すからとりあえず入って」 「う、うん」 玄関の扉を開けると、クラッカーの音が激しく鳴る。 「おかえりなさい」 腰越は、ぼーっと立ち尽くす。 「ああ、どうも。えーっと・・・誰?」 まあ、そうなるな。実際、鵠沼と由貴と腰越は初対面だし。 「えっと、こちらが僕の妹の由貴。そして、こっちが・・・」 「どうも、初めまして、渚さん。僕は鵠沼と申します。裕介君とは高校からの付き合いで、裕介君からあなたのお話はよく聞いております」 やべぇこいつ、下心丸出しだ。 「ああ、この人セクハラ男だから気を付けてくださいねー」 由貴が突っ込みを入れる。 「セクハラ言うな!」 「まあまあまあ。いや実はさ、腰越の話をするついでに日本に帰ってくることも話したらパーティーやろうって、発案してくれたのは鵠沼なんだよ」 僕はとりあえず、鵠沼にフォローを入れた。 「あ、そうなんだ。ありがとう鵠沼君!」 「いえいえ。たとえ見知らぬ女性でも祝うのが僕の性分なので」 「きもい」 すかさず、由貴の鋭い突っ込みが入る。  腰越の大きな荷物は、部屋の端っこに置き、晴香の手料理でテーブルを囲む。今日の話題はドイツ一色で、楽しそうに話す腰越の表情を見れば、すごく楽しかったことがよく伝わってくる。楽しい時間というのはすぐに過ぎてしまう。気が付けばもう遅い時間になっていた。 「あ、そろそろあたし、実家に帰らなきゃ。一応親には連絡したけど、待っているだろうから」 「そっか。じゃあ、裕介くん渚ちゃんのこと、送って行ってあげて」 「うん」 晴香は二人だけの積もる話もあるだろうしと付け加えた。僕は、晴香の言葉に甘えて、腰越を送ることにした。  静かな夜道腰越の大きなキャリーバッグがカラカラと音を響かせる。当然僕は荷物持ち。街灯が照らす腰越の横顔が少し大人っぽさを感じさせた。 「ねえ」 腰越が口を開く。 「なんとなく察したけど、あえて聞くね。晴香ちゃんとの関係。今はどうなの?」 僕はこの質問で頭の中で引っ掛かった全てのものが解けた。まずは、晴香は腰越に僕との今の関係を話していなかったこと。そして、四年前の約束・・・。でも、もうここまで来たら全て話すしか方法はなかった。 「結婚したんだ。晴香と」 僕は腰越の顔が見れなかった。 「そっかぁ。良かったじゃん。じゃあ、中学の時のあたしのサポートも無駄じゃなかったんだね」 腰越は無理に笑ってみせた。 「でも、僕・・・」 「あー。あの時の約束でしょ?いいの気にしなくて。一時の感情で出た言葉だから。告白するだけして、返事も聞かないままドイツへ行った代償だから。それに、あの時もし裕介がOKの返事をしたところで、遠距離恋愛になってたわけだし、ほら、遠距離恋愛って上手くいかないってきくし、結婚の話まで行ってたかどうか・・・」 「ごめん・・・」 「なんで、謝るの?謝るくらいなら、ちゃんと四年前の約束を果たしてよ!でも、もう晴香ちゃんと結婚したんだから出来ないでしょ!あたしだって、あたしだって晴香ちゃんに負けないくらい裕介の事が好きだったのに!」 そして、二人の間に沈黙が訪れる。 「自分勝手だってわかってる。自分の気持ちを隠して、晴香ちゃんとの恋を応援するだなんて。結局あたしは、裕介に振り向いてもらう努力なんて晴香ちゃんに比べたら全然してないし、そんなんで裕介と付き合おうだなんてムシが良すぎることもわかってるよ・・・」 それでも、裕介が好き  後日、このことに関して晴香に聞いてみた。晴香はこうなることをすべて予想していて、腰越がドイツに行っている間も僕と付き合っていること、結婚したことは一切触れなかったそうだ。せっかく学校からの推薦で行くドイツ留学が、こんなことで楽しくなくなってしまうかもしれないと晴香なりの思いやりだった。そして、晴香は結婚する前日まで、本当にこれでいいのかと、さんざん悩んだそうだ。別に僕に対して気持ちがなかったというわけではないことはよくわっている。 「でもね。私と渚ちゃんはきっと、お互いを恨むことはないと思うよ」 晴香はそう言った。お互いに恨みあって友達関係が崩れるのだけは避けたいという気持ちは一緒で、言い方は悪いけど負けた方は潔く認めるという二人だけの暗黙のルールがそこにはあったようだ。けれども、仮にもし僕が腰越だったら、そんな暗黙のルールなんて破ってしまいそうだ。きっと、腰越は今、辛いはずだ。せっかく楽しみにしていた帰国がまさかのこんな展開になるなんて、思っていなかっただろうし。 「じゃあさ、裕介くんはどうなの?」 「どうなのって?」 「裕介くんは渚ちゃんに対して、どう思ってたのって話」 二人の間に沈黙が続いた。 「正直、僕はあの時、腰越に対してはただの友達でしかなかったし、好きと言っても、恋愛感情での意味はなかった。だから、僕が晴香の事を好きだって打ち明けられた。けれど、腰越がドイツに行く前日、腰越に好きと言われて、勢いでキスまでした。その時、初めて腰越の事を恋愛感情で好きということに気が付いたんだ。でも、あれはまだ晴香に再会する前の話だったし、一時的な感情だったのかもしれない。その証拠にこの前帰国してきたときは何も感じなかった」 晴香はそれ以上僕に追及することはなかった。曖昧な答えでごめんと言うと、晴香は別にただ裕介くんの気持ちが知りたかっただけだからと言って、キッチンに立った。  テーブルの上に置いてある晴香の携帯に着信音が鳴る。ちょっと気まずいけれど、キッチンに居る晴香に携帯を渡した。 「もしもし。あ、どうも!お久しぶりです。ええ、元気ですよ。・・・え?」 その瞬間に、晴香の手から携帯が滑り落ちて、床に落ちる音がした。僕は何事かと慌ててキッチンに向かうと、そこには顔面蒼白な晴香が立ち尽くしていて、落ちた携帯からは、向こうの声が必死に晴香を呼んでいた。 「おい!晴香!どうした?」 僕は晴香の肩を強く揺さぶる。 「渚ちゃんが、今事故に遭って、病院に運ばれたらしい。意識不明の重体だって」 「はあ?」

応援コメント
0 / 500

コメントはまだありません