精神的S
03・変化(01)

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 春になり、風の匂いが変わったと風流に語る人もいるけれど、花粉症のなつみにとって、その風の変化は辛いシーズンを告げるものである。  満足に通らない鼻を補う為に、口で息をしながら車を走らせる。口での呼吸が多くなる春は運転中すぐに喉が渇いてしまい、集中力が散漫になってしまい厄介だ。  赤の信号で車を停めると、横断歩道を若い女子学生達が通っていった。おそらく新中学生なのだろう。着慣れない制服を見せ合い、頬を染めながら話している様が初々しい。  なんでも、初めてというのは興奮するものである。初めて学校に行った日。初めて遠足に行った日。初めて制服の袖に腕を通した日。初めて受験した日…今となっては、どうしてあんなに純な心で心がときめいたのかさえ分からないほど些細な事でも、当時のなつみは興奮していた。  信号が青になり、車を走らせる。  当たり前のように運転しているこの車も、初めて走らせた日は興奮したのを覚えている。  大人になり、初めての出来事が自然となくなっていき、人はときめきを無くすのだろうか?  ミシオの働く店に連絡を取り、ミシオと抱きしめ合った夜、欲求不満が解消されただけではなく心がときめいた気がする。  しかし、そのときめきがなつみには長く続かなかった。  なつみは、ミシオとの関係を一夜限りにせず定期的に続けていた。  回数を重ねる連れ無意識の内に、欲求不満を解消するだけの行為になっているなと気が付き、気が付くと尚更物足りなさは心を支配するようになっていった。  大人になり初めての出来事が少なくなるのは、様々な出来事に遭遇し『初めて』の数がなくなっているからだろう。  様々な『初めて』を経験してしまった大人は、『初めて』に慣れてしまい、ときめきが長く続かないのかもしれない。  初めてに慣れてしまったなつみに必要なのは、有り触れた『初めて』ではなく、今まで生きてきた人生観を変えてしまうほどの『初めて』  今までの考え方や、行動パターンをすべて変えてしまうような、心揺さぶられる『初めて』  そんなものがあるのだろうか? ないとしたら、私の人生はピークを過ぎてしまっている気がするなと、なつみは一層落ち込んでしまう。  ドラッグストアー・リバーブに着き、駐車場に車を停める。車の外に出ると花粉症は更に悪化し、今にも鼻水が垂れてきそうな状態に陥った。  花粉の季節は、ポケットティッシュが秘術品になっている。  今日、なつみにとっては初めてではないが、初めてを経験する人がリバーブにやってくる。  求人を見てバイトの面接を応募してきた、松木恵である。  電話で確認したところによると、今まで働いた経験のない、大学一年生。希望の勤務時間が短いので、初めて働く人でも充分に勤まるだろう。  午後三時に面接の時間を設定し、恵は三時十分前に訪れた。松木恵の顔をよく見てみると、三十分前ぐらいから店内にいたような気がするので、店内で十分前になるのを待っていたのだなとなつみは感心した。  松木恵を連れ、奥にある小さい事務所とは呼べない程の個室に案内する。 「よろしく、お願いします」  ずっと、どのように最初の挨拶をしようか考えていたのだろう。松木恵の滑舌は堅苦しく、きっちり四十五度に頭を下げる。  言葉自体はなまっていなかったけれど、イントネーションが少し怪しい…そう思い確かめてみると、恵は九州出身で、大学進学と共に上京してきたと伝えた。  松木恵の口調は、常に固く、時折目が泳いでいた。  働いた経歴がないので、仕事に来たのも今日が始めてか、面接経験があってもそう多くはないのだろうと察しが付く。  緊張感がなつみにまでひしひしと伝わってきて伝染しそうだが、なつみは緊張の波に飲み込まれないように気を引き締める。

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