正直、恵と二人きりでの時間の潰し方が分かるほど要領が良くないなつみは、目的地に向かうしかする事がなかった。 ふたりが目的の居酒屋に到着してすぐに、織絵がやってきた。用事があると言っていた割りに早い到着である。 リバーブで気まずい雰囲気を作る三人の式を作りなさいという問題が出されたら、おそらくこの三人が正解になるだろう。それを証明するように、三人の間に会話はなかった。 重苦しい雰囲気の中、言葉を発するのは恵だけだったが、恵の発せられた言葉に言葉が返ってくる事はなく、どれも相槌程度の返事になる。 二十三時が近付くと、続々とメンバーが集まり出した。社員だけではなくバイトの姿もあるので、女性の比率が少し増えてくれる。 そんな中、やはり亜由は来れないらしく、亜由を除く全員が二十三時前に集まった。 なつみは、例年の歓迎会では、最初の三十分ほど顔を出して、それなりのお金を支払い歓迎会を後にしていたけれど、今年はそうもいかない。 恵と織絵の様子を観察していないと、大きなアクシデントが起きてしまう恐れがある。 歓迎会が始まると、織絵と恵は水と油のように離れていってしまった。 いや、S極とS極の磁石と言った方が近いだろう。恵が織絵に近付いていくと、織絵は空気の壁に押されるように離れていってしまう。 途中で、恵も自分が避けられているのに気付いたらしく、二人は一定の距離を置くようになった。相対せない者同士の、最終形態とも言える状態である。 二人の関係は、日増しに悪くなっていっている。この二人が相手を認め合い、手を取り合って絆を深められるようにするには、どうすればいいのだろう? 対処方が考えつかないなつみは、やり場のない怒りを胃にぶつけるように、お酒をかっ喰らった。 ◇ 目を開けると、木目の天上が目に入った。 見知らぬ天井を見つめながら目を覚ましたなつみは、覚め切っていない頭でここはどこなのだろうと疑問に思った。 重たい体を起こそうとすると、軽く頭痛がする。 上手く動かない自身の状態を把握するのと同時に、恵の歓迎会をしていて酒を飲み、その後の記憶をなくしたのだと置かれている状況も把握する。 記憶を手繰り寄せようとしていると、すぐ近くで『うん、うん』と相槌を打つ声が聞こえた。 声の元に視線を向けると、恵の背中と思われる物体が電話をしている光景が見える。 恵の背中など、マジマジと見た事はないし、見ている背中は少し猫背だから恵だとは言い切れないが、髪の長さなどが恵に似ている。 電話をしている人物が声を発すると、この物体が恵だと確信が持てた。発せられた言葉の内容と、なまりの取れない口調を照らし合わせれば、この人物が恵だと容易に分かる。 「うん、元気にやっとるけん。うん、心配せんともよかと。みんないい人達ばかり。厳しい先輩もおるけど、私の為に厳しくしてくれてるんだから、感謝せなあかんよね。うん、部長はとてもよか人よ」 恵のなまりを聞いている、不思議と頭痛が治まっていく。古里や田舎がないなつみにとってなまりは新鮮で、ノスタルジックである。 目を閉じ、恵の声を聞いた。すると、見た事もない穏やかな風景が目の前に広がった。 見たことのない恵の田舎の光景が頭の中に広がる。 酔いが手伝い、想像と幻の間を見ている感覚である。 恵が電話を終え、恵の声が聞こえなくなると、それと同時に不思議な光景は目の前から消えた。 なつみは残念な気分で、目を開ける。 「あっ! すいません。起こしちゃいましたか?」 頭痛は治まったけれど酔いは完全に覚めてないらしく、うまく声が出ないなつみは首を横に振り、態度で『そんな事はない』と伝える。 「こんな時は、どうすればいいんでしょう?…何か飲みますか? 水とか」
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