お酒で失敗した事や、お酒で失敗する友人が近くにいなかったらしく、どう介抱すればいいのか分からない感じで、かなり慌てている。そんな恵に、今度は頷き『水が欲しい』とかすれ声で伝える。 水が欲しいと伝えると、恵は急いでなつみに冷蔵庫に入れておいたミネラルウォーターを差し出した。 水を一口飲むと喉の通りを良くなってきたようで、普段通りに声が出るようになる。 「私、どうしたの?」 「歓迎会で、いつのまにか酔い潰れていたんで、家が何処だか分からないので、私の部屋で介抱していたんです」 「そっか…厄介事を、押しつけられたんだ」 「みんなが厄介事を押しつけたとしても、私は厄介だとは思ってませんよ。実は、ああいうドンチャン騒ぎって苦手なんで、抜け出せて良かったです」 淀みのない笑顔で恵はそう答える。その返答が本音なのか、気を遣わせない為に吐いている嘘なのか、なつみは読み取れなかった。 「あなたには、悩みはないの?」 全てを笑顔で乗り越えてしまうような強さを持つ恵を見ていると、思わず疑問をそのまま口にしてしまった。 恵は少しの間の後に答える。 「ありますよ」 と答える顔も笑顔の恵に、なつみはストレートに疑問をぶつける。 「なら、どうしてそう笑顔でいられるの?」 「自立をしてるから…ううん、自立をしたいからです。自分の悩みは自分で解決しないといけない。人に迷惑を掛けてはいけないと思うんです。だから、人と接する時は不穏な空気にしないように、笑顔を心がけてるんです」 迷いなく答える恵に、なつみは言おうか言わずにいるか悩んでから口を開く。 「私は、松木さんの言う自立は間違ってると思う。 自分の問題は、自分で解決する。それはとても立派な事だとは思うけど、松木さんの進んでいる道は、自立の道ではなくて、孤独の道。 何か問題を抱えたら、仲間と協力し合って、最終的には自分で判断して、問題を解決する。それが自立と言うものじゃない? 自立するのと、弱さを見せないのは、まったく違う物差しだと思う。 今のまま誰にも頼らず、誰にも弱さを見せないで、自分一人だけの力で悩みを解決していったら、自立する前に孤立するわよ」 無意識の内に、熱く恵の考えを否定してしまい、なつみは何をやっているんだと自身が情けなくなった。 感情が制御できないのは、酔いも手伝っているのかもしれない。 「私、孤立してますか?」 そんななつみに、変わらないテンションで恵が問う。 「少しね」 人は誰しも、仮面を被って生きている。ありのままの自分を出して他人と付き合える人なんてそういない。 中には、自分に対してさえも仮面を被り、ありのままの自分を認めようとしない人もいる。 本性を隠し、余所行き用の仮面を被るが、仮面は完璧にコーディングされておらず必ず欠陥がある。その欠陥から本性が見え、人は相手に素の部分を垣間見られてしまう。 それ故に人間味があり、救いの手を差し伸べたくなる。 恵の仮面は、完璧に近いぐらいコーディングされており、助けなくても平気だろうと人を遠ざけてしまう。助けてあげたくても、第三者は救いの手を差し伸べる必要のない人間だと認識してしまう。 トイレで仮面を取り去り、素の自分を出している恵を見ていない人は、恵を『強い女』や『立ち直りの早い女』としか思っていないだろう。 「私、みんなと仲良くしたい。川原先輩とも仲良くしたいのに、どうしてもうまくいかなくて…」 「どんな失敗をして、川原さんを怒らせてしまったの?」 「色々とあって、どれから言えばいいのか…」 「じゃあ、最初に怒られたのは、どうして?」 「川原さんが書いていた文書を、消してしまったんです」 そう言えば、最初の時に場を収縮させた時にパソコン関連の理由だと聞いていたが、なつみはすっかり忘れていた。
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