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「お父様、お母様、お変わりございませんか」取って付けたような笑顔を塗り固めた女が、玄関先に出迎えに出た吉井夫妻に、粉砂糖のように甘ったるい声をパウダー状に振り撒いた。 (そうよね。この人、車の助手席でツンってすましていた人だわ。この人が、ご長男の輝彦さんの奥様なのね。すると、この二人の男の子はお孫さんよね。でも、何だか二人とも揃いに揃って根暗そう。あらら、私、こんなこと言ったりしたら失礼かしら) 「おばあちゃん、ママが、おばあちゃんとおじいちゃんのために、チーズケーキを作ったんだよ」小学校の低学年と思しき眼鏡を掛けた水茄子のような顔をした男の子が、手に持っていた紙の箱を、佐和子の方へ差し出しながら、母親から与えられた棒読みの台詞を述べた。 「いつも気を遣わせて悪いわね」 「本当に、祥子さん、お土産なんて気を遣わなくてもいいのに」輝之も佐和子に負けないくらいの笑顔で言い放った。 「お父様とお母様のお口に合うかどうかわかりませんけど」 「いえいえ。この前のバウンドケーキ、とっても美味しかったわ」 (そうなの。こちらの祥子さんって、お菓子作りがお上手なのね。私、楽しみだわ)  大人たちにはコーヒーを入れ、子供二人には炭酸飲料を与え、祥子の手作りのチーズケーキをお皿に取り分け、ご相伴することとなった。 「本当に祥子さんって、お菓子作りが上手だわね」佐和子はフォークで一口大に切り取ったチーズケーキの一欠片を口に運んだ。 「まあ、美味しい」 (えっ、嘘、マズイわ、これ。これって、本当にチーズケーキなの。中がパサパサで、後の引きそうなしつこい甘さの・・・・・・そう、クッキーの出来損ないみたいだわ。美味しいはずがないじゃないの、こんなモノ。吉井さんご夫婦、毎回こんなモノを食べさせられているわけなのね。それも、美味しい、美味しいって、気持ちと裏腹に口では言いながら。それって、お気の毒よね)  川村テル子の正直な感想に反して、制作者の祥子は兎も角、夫の輝彦も二人の子供も平気で美味しそうにケーキを頬張っていた。  ただ、輝之に関しては、まともな味覚を有しているのか、口では美味しい、美味しいと称賛はしているものの、実際はマズそうに口をもごもごと動かし、コーヒーの勢いを借りて、胃袋に流し込んでいるようだった。  吉井夫婦にとって、まるで拷問のようなお茶会が進むうちに、娘の敦子とその夫が女の子と男の子の孫を連れてご帰還するのだが、まるでハイエナやハゲタカのように、実家の両親の財布に群がろうと、佐和子と輝之を甘言で誘い込み、二台の車に分乗して郊外のショッピングモールへと向かうのだった。 「ここのレストランのランチバイキング、この前、雑誌に載っていましたけど、美味しいって凄い評判なんですよ」嫁の祥子の提案で、お昼はショッピングモール内にあるレストランに入ることになった。料金はというと、大人が一人二千五百円で子供が千円。  結局、佐和子の財布から一万円札が二枚消え失せ、千円札が一枚納まることになるのだが。  大人は兎も角、孫たちはどうかというと、この食事の最中に佐和子と輝之が話しかけても、来年の四月から中学校にあがる一番年長の女の子は、会話をするどころではなく、右手にフォークを握ったままの格好で、左手でスマホのメールを打つために指と眼球とを忙しく動かしているし、小学校の四年生と三年生の男の子の方は、自分の好物だけを食べ散らかすと、ご多分に漏れず、ポケットからゲーム機を取り出し、両手で四角い箱のようなものを抱えるようにして、我を忘れたように、指先を動かしていた。そして、一番小さな保育園に通う男の子に至っては、何が気に入らないのか、キィーキィーと母親の祥子に身体を擦り寄せるようにしてぐずっている。しかも、こうしたことに無頓着なのか慣れっこになっているのか、息子と娘夫婦は全く気にする素振りも見せず、ただひたすらよく食べ、佐和子と輝之を蚊帳の外に置いたまま、同世代どうしの話題で盛り上がっているのだった。 (もう、気忙しくて食事どころじゃないわね。一人でゆっくりと気ままに食事できるっていいわね。有り難いことよね)テル子は、佐和子の目の前で展開する光景に呆れかえるばかりだった。  その後、迷子になりそうなくらい広大なショッピングモール内を、女性陣プラス保育園児の一行は佐和子に、いや、佐和子の財布に連なって、食料品売り場や衣料品売り場を行ったり来たりと巡り、男性陣はというと、こちらも輝之の財布を当てにして、玩具売り場、スポーツ用品店、そして家電量販店などを中心に渡り歩くのだった。しかも、先程は輝之が話しかけても上の空だった二人の孫も、幼いながらも、新しいゲームソフトを買ってもらう魂胆なのか、機嫌を取ろうとでもするように、キャッキャと楽しそうに輝之の手を握り、おじいちゃん、おじいちゃんと満面の笑顔を振りまいていた。

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