(ここって、病院・・・・・・の病室のようだけど) 「水口さん、指を肛門に入れて、固まった先の便を取り出してちょうだい」 「えっ、看護実習でこんなこともするのですか」 「当たり前よ。これも立派なナースの仕事ですからね」色白の少しぽっちゃりとした年配のナースに促され、良江はしぶしぶ患者である老人の肛門に人差し指を突っ込んでみた。 「痛いよ、痛い」老人の顔が苦痛で歪んだ。 「水口さん、もう少し丁寧に」 「だって、看護主任さん」 「痛い、痛い」老人は涙目で看護主任を見上げる。 「どいて、私が代わるから」良江に代わった看護主任が、子供をあやすように語りかけながら処置をし始めると、あっと言う間もなく大量の便が開け広げられた紙おむつの中に雪崩れ込んだ。 その挙げ句、今、良江の斜め前に実在する看護学生の良江の意識が自分に流れ込む。 (あーあ、嫌だ。汚い老人のお尻の穴に、いくらゴム手袋をはめているからっていっても、直接突っ込むなんて。それに、昨日もこのお婆さん、血管が細いから点滴の針を入れるのにてこずって、泣き喚かれて、焦るから、何回やっても上手くいかなくて、結局は他の実習生のナースに代わってもらう羽目になって・・・・・・後で主任さんから叱られるし、患者さんには笑顔と思いやりを持って常に接しなさい。水口さん、患者さんはナースの気持ちを敏感に感じ取るものよ、ですって。こんなことなら、看護学校なんて行かなければよかった。そう、卒業後の進路を決めるあの時、家に、いえ、母さんに縛られるのなんて真っ平だと思ったから、女性の自立を目指せるナースになろうって決心したのに。それに、私が看護学校に進みたいって口に出した時のあの言い草ったら、良江、お前に看護婦の仕事なんて絶対に出来っこないよ。そんなの無理に決まっているよ。だいたい、潔癖症のお前に病人の下の世話なんか出来るはずがないじゃないか。それに、看護婦の勤務って昼間ばっかりじゃないんだよ。体力も気力も今一つのお前が、深夜勤務に着けっこもないし。それから、そうだ。笑顔がね、人前であまり笑わないだろう、お前は。愛想が良くないから。病人にとってみたら、看護婦の優しい笑顔も薬になるんだよ。だからさ、お前に向かない所へ行くより、母さんの言うように、短大の家政学科に行くべきなんだよ。絶対にそうするんだよ、良江」母さんがあんなことを言うから・・・・・・。頭に血が上ってしまって、意地でも看護学校へ行って、ナースになってやるって強情に言い立てて・・・・・・。あーあ、本当は自分には向かない仕事かもしれないってことは、自分なりに分かっていたのかもしれないのに) 「水口さん、何をぼんやりしているの。はやく患者さんのお尻を綺麗に拭いて差し上げてよ」看護主任の声に、はっと我に返った良江は、反射的に鼻を押さえ、異臭を放つ茶褐色のドロドロの塊を暗い目で追いかけた。 「水口さん!」 「はい」傍らに置いてあるトイレットペーパーを取ろうとしている看護実習生姿の自分に連動するように、視線を上に流した時、良江は窓ガラスに白い靄のようなものを感じた。 (あれって、ヤッパリ白い〈のっぺらぼう〉・・・・・・。そうか、私の姿が写っている) 看護主任の怒気を感じた良江が、切り取ったトイレットペーパーを手に、顔を患者のお尻に近づけるやいなや、患者の尻からブリッと屁が漏れ、その反動で、肛門周辺の便が良江の顔に飛散した。すると、良江の顔が大きく歪んでいった。 (もう・・・・・・、なんて悲惨な私)
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