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 川村テル子の意識が吉井佐和子の中で開示したのは、翌日の日曜日の朝のことであった。  佐和子がガチャリとドアノブを押し開け、リビングに入ると、むせ返るようなアルコール臭が部屋に充満していた。  ソファーの前に置かれたテーブルの上には、金の無心をした息子や娘達の〈祝杯〉の残骸となったビールの空き缶やウイスキーの空き瓶、飲み残しの酒の注がれたグラス、そして、酒のつまみとなったチーズやビーフジャーキーやスルメの類など、食べ散らかされた残りかす・・・・・・。  その光景が、カーテン越しの薄日の中で、佐和子の目に飛び込んできた途端、テル子の怒りが佐和子の諦めを突き破った。  佐和子は、いや、テル子はガチャーンとリビングのドアを思いっきり開けた。そして、階段下に走り寄ると、その場で地団駄を踏むようにドシドシと足を踏み鳴らし、さらに、階段横の壁をドンドン、拳骨で打ち鳴らしながら、二階に向かって、大声で吠えた。 「あんた達、早く下りて来たらどうなのよ!!さっさと、下りておいでなさい!!」 この喧噪に、二階から輝彦や敦子たち、そして一階の座敷で寝ていた輝之が、転がるように佐和子の元に集まって来た。 「一体どうしたんだ、お袋」 「お母さん、どうしたのよ」 「あんた達!とっとと、自分たちの家に帰りなさいって言っていんのよ!!」目なじりをググッと突き上げ、輝彦と敦子の顔を交互に睨みつけ、頭から湯気でも立ち上らせそうに、怒り狂っている佐和子、いや、テル子が壁にもう一度手の平を叩き付けながら、唾を跳ばさんばかりの勢いで捲し立てた。 「こっちは別に来て欲しくもないのに、毎週毎週、ここへやって来て、買い物に行けば、自分たちの分まで親の金で買わせ、食事の時も、自分の食べたお茶碗一つ洗いもせず、上げ膳据え膳が当たり前。挙げ句には、冷蔵庫の中の物までも盗人のように持って帰る。それに、こっちの都合なんか全然お構いなしで、夜更けまでペチャクチャ、ペチャクチャ、お酒を飲んでは喋り通し。うるさくて、眠られやしないわよ、こっちは。そして、翌朝になると、テーブルの上はいつもあの様。それだけでも頭にきちゃうのに、それでも飽きたらず、車を買うから金を出せ、マンションを買うから金を出せ、誰がそんなお金を出すものですか。あんたたちにやる金なんか、ビタ一文もないわよ。それから、それから、私が一番腹に据えかねるのが、隣の人への言い分よ。言うに事欠いて、独りぼっちで、辛くて、寂しくて、哀れだって、逝く末は孤独死するんですって、そんなのあんたたちに何の関係もないじゃないの。あんたたちみたいな馬鹿息子や阿保娘がいるより、よっぽど幸せだわよ。さあ、さっさと帰りなさいよ。帰らないと警察を呼ぶわよ。さあ!さあ!さあ!!」佐和子の剣幕に押されて、十数分後には輝彦と敦子とその家族は、理由もままならないまま、這々の体で実家から姿を消し去ったのだった。  そして、なぜか玄関のドアが閉められる直前、隣家の方から「ミャオ、ミャオ」という子猫らしい鳴き声が、テル子の耳に風に乗って届けられた。

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