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「お前みたいなくだらない女なんかと結婚するんじゃなかった」 「それはこっちのセリフよ。よくもアンタみたいにつまらない男と結婚する気になったもんだわ」  目の前で展開する別の自分と沼田孝治の言い争いを、ヒヤリとした意識で感じていると、突然、あの時に母親の多恵が自分に投げかけた言葉が木霊した。  そう。あの時・・・・・・、記憶を手繰り寄せるように、良江は過去のあの時点を探り当てようとした。  沼田との結婚の意思を母親の多恵に伝えた時だった・・・・・・。 「私、沼田さんと結婚しようと思うの」確か、こう切り出したのだ。すると、そうそう・・・・・・、 「結婚したってうまくいかないに決まっているよ」断定的に自分の思いを、自分の気持ちを断ち切られた。 実のところ、良江自身の気持ちの中にも迷いはあったし、不安もあった。そして、それは、孝治との付き合いの頻度と密度が増すに従って益々濃くなっていった。  ―この人と一生連れ添っていく自信はあるのか?  ―本当にこの人でいいのか?  ―この人を愛しているのか?こうした胸に去来する思いを母親の多恵に払拭して貰えるような言葉を良江は望んでいたし、それを願ってもいた。 「良江、大丈夫だよ。上手くいくさ」と言ってくれることを・・・・・・。  けれど、多恵はこうした良江の気持ちを一網打尽に否定してよこした。  そして、それが引き金となって、良江の気持ちは多恵の思いとは逆方向に暴走し、その挙げ句、良江は目の前自分と今こうして対峙している沼田孝治と結婚してしまった。  そう。それは正真正銘、結婚してしまった、と言える状況であったのかも知れない。 「あの時の本心はどうだったのか」と頭から血が下がって、冷静になってから問われれば、良江はキッパリとこう答えただろう。 「いつも私を縛りつけようとする母さんの意思を私は否定して打ち破りたかったのだ。この目の前にいる沼田孝治という男を心から愛して結婚したとは到底言えるものではない。この人の為に尽くそうとか、この人が困難に巡り会った時には、共に支え合おうとか、そんな尊い思いや考えなど、端から持ち合わせもせず、ただ単に母さんを否定したいだけで、母さんの思いを、あの言いぐさを木っ端みじんに打ち砕きたい一心だけで、私はこの人と結婚したようなものだ」と・・・・・・。  だから、だから、当たり前かも知れないが、結婚生活が幸福感に満ちていたはずもないし、結婚した途端に、夫となった孝治の性格がどことなく鼻について、嫌気がさしたのも事実であった。

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