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 介護施設のネーミングとシンクロしたわけではないが、今年で七十七歳の喜寿を迎えた良江の母親の水口多恵は、施設に入所する半年ほど前、スーパーに買い物に出かけた帰りに舗道の段差に躓き転倒してしまった。それにより、左足の大腿部と利き手である右手の甲の部分を骨折した。  病院での入院加療により、骨折の傷については癒えたのだが、多恵が高齢のこともあり、結局は寝たきりに近い状態になってしまった。しかも、そうなると悪循環が重なり、良江と会話をしていても、首を傾げるような受け答えを繰り返すようになり、ある日、「失礼ですが、あなたは、どちら様ですか」と不思議そうな顔でまじまじと見つめられながら、多恵からそう切り出された時には、良江自身、驚愕のあまり背筋に悪寒が走り、頭が真っ白になってしまったものだった。  しかも、日本の医療制度は過酷なもので、こうした状況の老人であっても、病院側は早期の退院を迫ってきた。  当然、良江としては、「こうした状態で患者を放り出すつもりなのですか」と病院側の対応に怒りを露わに抗議はしたが、病院側から、  ―水口さん、もう、お母さんの当院での治療は既に終わっているんです。  ―当院としては、治療の必要な患者さんのためにも、一床でもベッドを確保する必要があるの  です。こう説得されると、渋々ながらも首を縦に振らざるを得なくなっていた。  だが、実際のところ、良江自身が母親を自宅で介護することはできない。と言うのも、母親と二人暮らしの良江は弁当屋で働き、その収入と母親に二ヶ月に一度振り込まれる僅かな国民年金を支えに暮らしを賄っていたからだ。だから、仕事をやめて、家で多恵の介護に専念するなど、良江にとって到底できない相談であった。  高齢者の介護を社会全体で支え合う仕組みを構築する。と、高尚なお題目を唱える介護保険制度は、この頃には既に施行されていた。だが、この制度の柱の一つが、施設介護から在宅介護への移行とあって、特別養護老人ホーム等の公費で賄える施設への入所が困難になっていた。さらに、介護サービスを受ける際にも、行政側の介護認定や利用者側のケアマネージャーの選定。ケアマネージャーとの相談による利用サービスの選択と決定。さらには、夫々の申請手続と契約等、実際の介護サービスに行き着くまでには、かなりの労力と時間が費やされてしまう。これも勤務時間数によって給料が支払われる良江にとっては大きな痛手であった。  だから、病院側にこうした良江と母親の抱える家庭の事情を包み隠さず話した。すると、同情を寄せてくれた担当医と看護師長が病院の事務関係者らと相談し、すぐに入所できる高齢者入所施設を探し出してくれた。  そして、年の明けたこの一月、霙混じりの雨の降る月曜日、良江の勤め先の定休日に多恵を入所させた。

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