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 阪神電鉄の沿線の県道に面した所に、水口良江の働くチェーン店の弁当屋がある。  短大を卒業と同時に勤めた工務店が、今から五年前に手形の不渡りを出して倒産し、その煽りを喰ったかたちで、良江も失業の憂き目を負った。  年齢も年齢だし、何の資格も持ち合わせていないため、新たな就職先の選り好みなど出来ない相談であった。  結局、新聞の折り込みチラシの求人広告を見て、良江はこの弁当屋に勤めることになった。  この店の勤務時間は、朝の九時から夜の八時までと長いが、まだ当時は、母親の多恵も比較的元気で、家事一切を任せることもできたし、それに、良江自身も心の片隅で、母親と顔を突き合わせる時間が少なければ少ないほど有り難いという思いが潜んでいたのか、この条件に取り立てて蟠りを持つことはなかった。 (でも、先週の月曜日は最悪。母さんたら、よりによって、〈のっぺらぼう〉が足元にいるなんて) 「水口さん、ミックスフライ弁当、もう一つ追加です」この時、店のカウンターから厨房に声がかかった。 「はーい」良江は、円形のありきたりの掛け時計をチラリと一瞥すると、 「高橋さん、もう一つそれをセットしておいてね」と傍らで忙しく注文のあった弁当の中身を発泡スチロールの器に詰めている、パートの主婦にそう告げた。そして、自分は業務用の大きな冷蔵庫からステンレス製のパレットを取り出すと、その中に並べられているフライ種の幾つかを、油の煮えたぎった揚げ物専用の鍋の中に滑らせるように流し入れた。 (十一時二十分か・・・・・。でも、あの白い〈のっぺらぼう〉って、どうしてそんなモノが見えたのかしらね)

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