良江より二つ年下の沼田孝治が、良江と初めて出会ったのは、仕事の延長線上に、この二人の立ち位置があったからだった。 地方の高校を卒業後、決して大手とはいえないが、堅実な経営で知られる事務機器メーカーに就職した孝治は、親元を離れ会社の独身寮で暮らすことになった。 孝治に与えられた仕事は営業であり、個別に得意先となる法人の営業所や個人経営の事務所などに出向き、事務用品や事務機器を売り込み、そして注文を取り付けることであった。 生来、孝治は人と会って話すことが少しも苦にならず、むしろそれを気軽に楽しめるタイプであった。それに、日がな一日机に齧りついて仕事をするより、むしろ自由に外回りができる仕事の方が自分にはハマっていると思っていた。また、孝治の外見がもたらす優男風のソフトな雰囲気も、プライベートのみならず仕事にも少なからず役立った。 自由気儘な独身生活を謳歌していた孝治も、同期で入社した友人たちが一人抜け、二人抜けと花の独身生活にピリオドを打ち、結婚して家庭を持ち、幸福感を滲ませた家庭生活を見せつけられると、少しは羨ましさや妬ましさも感じるようになった。 もうそろそろ、俺も家庭を持ってもいいな-ちょうどそんな気持ちが孝治の心の表面で粉を吹くように立ちのぼった頃、良江に出会ったのだった。 良江の勤める工務店で、パソコンの更新と同時に総務事務のシステムを見直すことになった。そこで、パソコンのリース契約を結んでいる孝治の事務機器メーカーがそれを請け負うことになり、運命なのか偶然なのかは定かではないが、孝治がその窓口として担当することになった。 多分に、恋愛に至る決め手の九割方は視覚、即ち相手の容姿に負うところが大であるようだが、孝治と良江の二人にとっても、この法則が当てはまった。 初日、名刺を手に、良江に挨拶と自己紹介を行った際、良江の容姿に孝治は大いに興味を抱いた。目鼻立ちの整った顔立ちと中肉中背ではあるが、そのスッキリと伸びた姿勢の良さ、それに、少し緊張気味の堅い表情が何かしらお嬢様然とした雰囲気を漂わせているように思えてしまい、とどのつまりは、孝治は良江のことが一目で好きになってしまったのだった。 また、三十路をすぐ目の前にぶら下げた良江にしても、名刺を差し出した彫りの深いイケメンで甘いマスクの容貌に少なからず好奇心を抱き、話しぶりや態度から窺える柔和な印象を頼りなさと受け取るのではなく、考え方を少しねじ曲げて、優しさと思いやりに長けていると解釈し、ポイで狙い澄まして掬い上げようとする金魚のように、孝治のことを、結婚を見据えた獲物と見なしたのだった。 こうして、お互いの好意と好意、いや、思惑と思惑とがぶつかり合えば、ベクトルは一気に恋愛感情へと突き進むことになる。そして、二人が付き合い始めて一年ほど経った時、良江が母親の多恵に孝治を紹介し、それに気をよくした孝治が、それから一週間もしないうちに良江にプロポーズをしたのだった。
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