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 シュワーっとフライ種の衣から小さな気泡の群が沸き上がり、油の表面に向かって伸び上っていく。  それと同時に、油脂から湯気 のような煙が立ち上り、良江の鼻づらにむせ返るような臭いが絡む。と、パチパチと音を響かせ、空中に跳ね散った油の屑が、良江の前掛けの至る所に新たなシミを作った。  前掛けに付着した油染みだけなら、別段なんとも思わない。けれど、良江が忌み嫌うのは、その揚げ油の臭い自体が良江の髪の毛や皮膚や爪を通して、体中に染み込み、その臭いが取れなくなってしまうことだ。  だから、良江は家に帰ると直ぐに、そのベットリとまとわりついた臭いを揉み消そうと、思いっきりシャワーを使い、シャンプーやボディソープで洗い流そうと試みた。  そう言えば・・・・・、良江が煙草を吸い始めたきっかけになったのも、口寂しさや好奇心からではなく、煙草特有の匂いで、この油臭を相殺し、解消しようとする意図があったのかも知れない。  油の表面で小刻みに踊っている小さな泡の群を只ひたすら眺めていると、一滴の油が、パチンと勢い良く跳ね上がり、良江の二の腕を直撃した。 「あつっ、痛」反射的に良江は二の腕を引いた。 (こんなこと、もう慣れっこになっているのに・・・・・。でも、何だってこんなふうになったの。   結局、私の人生って、母さん・・・・・、あの人の都合のためだけにあったような気がする。何だって、私のやろうとすることに口を挟んで反対して、あの人の思い通りに操られて・・・・・五十近くになった今でも独り身で、こんな弁当屋で朝から晩まであくせく働いて、挙げ句の果てに、働いた給料の半分近くをあの人の施設代に持って行かれて・・・・・馬鹿みたい、本当に) 「水口さん」  良江は我に返ると、呼びかけられたパートの主婦の方へ視線を流した。 「もう、そろそろ」 (あら、いけない)パートの主婦の意を察すると、良江は照れ笑いを返し、大きな金網の杓子で、キツネ色を幾分か通り越した色合いに染まったフライをまとめて油の表面から掬い上げ、油切りのトレーに移した。 すると、すかさず、 (明日は・・・・・、そうか、月曜日・・・・・月曜日か)良江の口元から軽い溜息が糸を引くように漏れた。

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